人事評価の新たな指標として注目される「コンピテンシー」。しかし、導入したものの思うように活用できていない企業も少なくないようです。この記事では、コンピテンシーの基本を理解し、有効な人事評価や採用に役立てるために覚えておきたいポイントなどを紹介します。
コンピテンシーとは
コンピテンシーとはどのような意味をもち、人事領域ではどのように活用されるのでしょうか。初めてコンピテンシーという言葉を耳にした方にも分かるように解説していきます。
「compete(=競う)」の名詞形で用いられる「コンピテンシー(competency)」は、人事領域では「成果を出す行動特性や思考」と表現され、主に以下のようなシーンで活用されています。
● 人事評価
● 採用面接
● 教育研修
例えば同時期に入社した社員に、同じ研修を実施し、全く同じ業務をやらせてみたとしても、社員によって成果が異なることはないでしょうか。そこで、基礎能力や専門的なスキル、ノウハウなどを分析し「何がその差を生み出しているのか」を明確にします。このように「成果を出している人に共通する行動や思考」を分析し、活用するのがコンピテンシーの基本であるといえます。
コンピテンシーは、「成果が出ない社員の指導」としてだけでなく、社員全体のパフォーマンスを向上させるために有効な人事施策として注目されており、コンピテンシーを活用した評価手法を採用する企業も増えています。
コンピテンシーが注目されている理由
コンピテンシーが注目されるようになった背景には、現在多くの企業が抱えている雇用制度の問題と、慢性的な人手不足の問題があります。それぞれの問題点とコンピテンシーがどのように関連しているのか解説します。
成果主義への移行
これまでの日本企業では、若い人材を長い期間をかけて教育していく「終身雇用制度」や「年功序列の賃金体系」が一般的でした。
しかし、バブル崩壊以降は年功序列型ではなく「成果主義」を採用する企業が急増しました。企業で働く社員には即戦力が求められるようになり、高い成果を上げる社員と、そうでない社員の差が拡大していったのです。
同時に、転職によるキャリアアップが一般的になると、「高い成果を上げる社員」はより待遇の良い企業へ転職していき、企業の業績に大きな影響を与えます。このようなリスクに備えて、すべての社員が一定の成果を出せるようにコンピテンシーが注目されるようになったのです。
人材不足によって生産性向上が求められている
労働力人口の減少などによって、深刻な人材不足が顕著になっています。
限られた人材でこれまでと同じ成果を出し続けるためには、生産性の向上が急務です。そこで、高い成果を上げている人材のノウハウや働き方を共有することが、有効な対策の一つとして考えられるようになりました。コンピテンシーによって、成果を上げている社員の行動や考え方を可視化し、他の社員も取り組めるようプロセス化することが求められているのです。
コンピテンシーをモデル化する方法
「成果を出すための行動特性や思考」は正確に表現することが難しいものです。そこで、コンピテンシーとして可視化、モデル化するために高い成果を上げている人に特異に見られる行動指標を体系化した「コンピテンシー・ディクショナリー」というものが開発されました。コンピテンシーをモデル化するための具体的な方法について解説します。
コンピテンシー・ディクショナリーとは
コンピテンシー・ディクショナリーとは、1993年にライルM.スペンサーとシグネM.スペンサーが開発したものです。職種や役職に関係なく、コンピテンシーをモデル化するうえでの基本的な考え方、ベースとなるのがコンピテンシー・ディクショナリーです。6つの領域を大枠にして、それぞれの領域における20項目を分類していきます。
コンサルティング会社や企業が独自に10~100程度の項目を上げているケースもあります。コンピテンシー・ディクショナリーではコンピテンシーを包括的に示して、どのような業種や職務にも転用できるように作成されていることが重要です。そのため、導入する際は、企業理念や事業戦略などから、必要な項目を適切に取捨選択しなければいけません。
Spencer & Spencer のコンピテンシーモデル
コンピテンシー | コンピテンシーの項目 |
---|---|
1.達成・行動 | 達成思考 秩序・品質・正確性への関心 イニシアチブ 情報収集 |
2.援助・対人支援 | 対人理解 顧客支援志向 |
3.インパクト・対人影響力 | インパクト・影響力 組織感覚 関係構築 |
4.管理領域 | 他者育成 指導 チームワークと協力 チームリーダーシップ |
5.知的領域 | 分析的志向 概念的志向 技術的・専門職的・管理的専門性 |
6.個人の効果性 | 自己管理 自信 柔軟性 組織コミットメント |
出典:Spencer & Spencer(1993)
コンピテンシー・ディクショナリーの使い方
コンピテンシー・ディクショナリーの使い方は、高い成果を上げている複数の社員に対し、どのような行動をとっていたかをヒアリングするところからスタートします。 次に、ヒアリングした社員の職種や役職ごとにコンピテンシー・ディクショナリーに照らし合わせ、行動様式などをモデル化します。この際、モデル化の単位が小さいほど具体性が増し、他の社員にとっては理解しやすくなるでしょう。
そして、他の社員にもコンピテンシー・ディクショナリーをもとにヒアリングをし、高い成果を上げている社員との行動の違いを洗い出します。コンピテンシー・ディクショナリーによって望ましい行動が具体化されていくため、どの部分を改善しどういった行動をすれば成果につながっていくのかが、把握しやすくなります。
コンピテンシー面接
採用面接においてコンピテンシーを活用することには、どのようなメリットがあるのでしょうか。一般的な面接との違いを含めて解説します。
コンピテンシー面接のメリット
コンピテンシー面接とは、候補者がこれまで取り組んできた内容を中心に質問を投げかけ、その答えに対してさらに具体的な質問を投げかけていくことで掘り下げていく面接方法です。候補者の適性、業務遂行能力を見極め、行動特性を明らかにできるメリットに加えて、面接官によって変わる評価のブレを少なくし、ミスマッチを防ぐ効果もあります。また、質問に対する回答の矛盾を分析することで、うそや誇張を見抜くことにもつながります。
「一般的な面接」と「コンピテンシー面接」の違い
コンピテンシー面接と従来の一般的な面接との大きな違いは、質問する話題をピンポイントで絞り込み、掘り下げていく点にあります。
コンピテンシー面接では、候補者のこれまでの経験や職歴のなかで、成果として結びついたエピソードを質問します。そして、それに対してどのような行動や意思決定を行ってきたのかを細かくヒアリングし、その結果を自社や職種のコンピテンシー・ディクショナリーに照らし合わせてみましょう。
次に、候補者をより客観的に判断するために、評価基準についても面接官の間で共有しましょう。5段階の「コンピテンシーレベル」を設け、1~5の数字で評価することをおすすめします。
これらにより、誰が面接官を務めても同じ手順で実施でき、評価もブレません。
以下の表に、「一般的な面接」と「コンピテンシー面接」の違いの特徴をまとめました。
一般的な面接 | コンピテンシー面接 | |
---|---|---|
質問内容 | これまでの実績・経験、キャリア観、自己PRなど多岐にわたる | 具体的な経験談と、その経験のなかでとった行動や意思決定のプロセスについて |
質問方法 | 面接官や質問内容によって異なる | 回答に対して関連する質問を重ねて、事細かに堀り下げる |
評価基準 | 主観的評価のため、面接官によってバラつきが出やすい | 5段階の「コンピテンシーレベル」を設けることで、誰が面接官を務めても、客観的評価ができる |
評価内容 | 総合的に見て優秀かどうか | 成果を生み出す行動特性があるか |
回答の信頼性 | うそや誇張表現を見抜きづらい | 回答に矛盾が生じることで、うそや誇張表現を見抜ける可能性が高い |
▼コンピテンシ―面接について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください▼
コンピテンシー評価
コンピテンシー面接とならんで多く活用される「コンピテンシー評価」は、コンピテンシー・ディクショナリーに基づいてモデル化した評価基準をもとに、成果に至ったプロセスを評価する手法です。
単に目に見える成果だけを評価対象とするのではなく、「成果を出すためにどのようなプロセスがあったのか」、「成果を上げる行動特性に当てはまっているか」などを評価基準とすることが特徴です。
コンピテンシー評価のメリット
コンピテンシー評価では業務のプロセスを評価するため、評価を受ける側の社員にとっては公平性および納得感が高くなります。もし低い評価を獲得したとしても、評価対象となる行動特性を意識して行動することで、高い評価を目指すことができます。
コンピテンシー評価を導入することによって、どの社員に対しても目標が明確になるため、企業全体の人材育成にもつながっていくのです。
コンピテンシー評価を有効に運用するために
コンピテンシー評価はプロセスという数字だけでは表現できない内容が評価項目となるため、明確な基準が設定しにくいというデメリットもあります。
このデメリットを補うために、KPI(重要業績評価指標)のような明確な評価指標と合わせて、コンピテンシー評価を運用していくことをおすすめします。
コンピテンシーの注意点とポイント
コンピテンシーを自社に導入する場合、どのようなポイントに注意すべきなのでしょうか。成果を出すために押さえておきたいことを紹介します。
成果は見えやすいが心理は見えにくい
成功している人と同じような行動をとったとしても、すべての社員が必ずしも成功するとは限りません。なぜなら、成功している人がそのような行動をとっている裏には、必ず原動力となる動機やマインドがあるためです。
成果や行動は見えやすいですが、その人がどのような心境、動機をもって行動しているのかは見えにくいもの。心理的な要因までを正確に理解しない限り、表面上の行動を真似しただけでは結果がついてこないケースがあることを留意しておきましょう。
行動特性を理解するために
例えば営業職の場合、成果を出すためには「お客様が困っていることを先回りして考え、提案する」ことが求められます。しかし、これだけでは漠然としていて、具体的に何をすればよいのか分からない人も少なくありません。
コンピテンシー・ディクショナリーでは「対人理解」「顧客支援志向」「柔軟性」「自信」といったやや抽象的な言葉が並んでいますが、これをそれぞれの職種や業務に置き換えてしっかり具体化し、現状を客観視することが行動特性を理解するうえで重要なことです。
まとめ
コンピテンシーは人事評価手法の一つとして多くの企業に採用されるようになりましたが、うまく運用できていない企業も少なくないようです。
成果を上げている社員は明らかに他の社員とは異なる行動特性をもっていますが、単に行動を真似ただけで同じような成果に結びつくとは限りません。モデルとなる社員の行動だけではなく、心理や動機までも深く細かくヒアリングし分析することが、コンピテンシーを運用するうえで重要なポイントといえるでしょう。
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