近年、耳目を集めるワードでの一つに「リテンション」があります。主に人事業界とマーケティング業界で用いられる言葉ですが、2つの領域では意味が異なります。
今回は、人事用語としてのリテンションについて詳しく解説するとともに、それぞれの業界での「言葉の意味」「重要性」「施策例」を紹介します。
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リテンションとは

リテンション(retention)は英語で「維持・保持」という意味を持つ言葉です。そこから派生して、人事業界とマーケティング業界で用いられるようになりました。まずは、それぞれの言葉の意味から見ていきましょう。
人事業界での意味
人事用語としてのリテンションは、「従業員をつなぎとめる力」、つまりは「人材の流出防止」のことを指します。
リテンション(維持・保持)したい対象は「従業員」です。特に、既存の従業員のうち、優秀な人材を企業につなぎとめることをいいます。企業にとって欠かせない人材を企業内にとどめ、活躍してもらうための施策は「リテンションマネジメント」「リテンション戦略」と呼ばれています。
給与やインセンティブを充実させるほか、働きやすい環境の整備やキャリアプランの提示など、企業にはさまざまな施策が求められています。
採用競争が激化する現代において、人材の流出は企業にとって大きな損失です。そのため、優秀な人材を採用するだけでなく退職を防ぐ重要性も高まっており、リテンションを強化する企業が増えているという現状があります。
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マーケティング業界での意味
マーケティング用語としてのリテンションは、「既存顧客をつなぎとめる力」という意味を持ちます。リテンション(維持・保持)したい対象は「顧客」です。既存顧客との安定的な関係を維持していくための施策は、リテンションマーケティングと呼ばれます。
新規顧客を獲得するコストは高くなる傾向にあるため、企業にとっては既存顧客の流出を防ぐことが重要です。そのためのカギを握るのが、リテンションの考え方。カスタマーサポートや顧客のデータ分析などの施策を行い、長期的かつ安定的な収益をもたらすことが主な目的です。
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人事でのリテンション施策が重要な理由

人事でのリテンション施策とは、優秀な人材の定着率を上げ、離職を防止するためのものです。リテンション施策が重要な理由は大きく5つ挙げられます。
- 人材の確保
- 従業員のモチベーション向上
- 採用・育成コストの削減
- 技術や人脈の流出防止
- 経営の安定
人材の確保
少子高齢化による生産年齢人口(15~64歳)の減少や人材の流動化が進むと、人材の確保はどんどん難しくなります。
内閣府の予測では、主な働き手といえる生産年齢人口は1995年の8716万人をピークに減少し、2065年に4529万人となり、労働力の不足が懸念されています。一方、高齢化比率は上昇し続け、2065年には国民の約2.6人に1人が65歳以上になると推計されています。

また、厚生労働省の発表によると、「転職者数」はリーマン・ショック後の2011年頃から年々増加し、2019年には過去最高の353万人となりました。その後、感染症拡大の影響で減少しましたが、以前よりも転職は一般的となり、人材の流動化が進んでいます。

思い通りに採用ができても優秀な人材ほど転職しやすい傾向にあるため、自社につなぎとめる施策は大切です。
従業員のモチベーション向上
リテンション施策を行うことによって、従業員が「自分は大切にされている」と感じてくれると、エンゲージメント(会社への愛着心)が高まり、その会社で働くモチベーションにつながります。
また、優秀な人材が定着することによって、周囲の手本になり、ほかの従業員のモチベーションを向上させる効果も期待できます。
高いモチベーションのもと仕事に取り組むことができれば、パフォーマンスが向上して労働生産性が上がったり、離職率が下がったりといった好循環につながります。
採用・育成コストの削減
人材が流出すれば新たな採用や育成が必要になります。
リクルート就職みらい研究所「就職白書2020」によると、2019年度の1人あたりの平均採用コストは新卒採用で93.6万円、中途採用で103.3万円でした。人手不足や採用活動の長期化などを理由に、多くの企業で採用コストが増加傾向にあります。
新たな人材を採用すると、教育研修費などの育成コストも発生します。一方、リテンション施策を実施して人材がとどまってくれれば、それらの費用がかからず、コスト削減につながります。
技術や人脈の流出防止
特にIT人材や管理職が競合他社に転職すると、技術やノウハウ、人脈なども流出してしまう懸念があります。
近年は、職務を定義して採用する「ジョブ型雇用」が広まっています。専門的な分野で高度なスキルや豊富な経験を持った人材は、より良い条件を求めて転職する傾向にあります。
社内にノウハウを持った人材がいなくなると、その再構築は容易ではありません。そのため、リテンション施策を行い人材の流出を防ぐ必要があります。
経営の安定
人材の流出が経営計画に支障をきたすこともあります。人手が十分でない場合、業務が滞り、経営計画に沿った活動が円滑に進まなくなるばかりか、事業の継続が困難になることも考えられます。
帝国データバンクが今年4月に行った調査によると、人手を確保できず、業績が悪化したことが要因となって倒産した「人手不足倒産」は、2023年4月に30件判明し、2013年1月に集計を開始して以降で最多となりました。
また、従業員や経営幹部などの退職・離職が直接・間接的に起因した「従業員退職型」の人手不足倒産も、2023年1~4月で23件判明しています。
多くの従業員が継続して働いてくれれば、業務への適性を見極めやすくなり、適材適所の人材配置が可能になります。労働力も安定し、企業としての長期的な経営計画を実現できるでしょう。
参考:帝国データバンク「人手不足倒産」が急増、4 月は過去最多
人事におけるリテンション施策の種類

金銭的報酬
金銭的報酬とは文字通り、金銭的な対価を従業員に提供することです。
具体的には、能力や成果に応じた給与や賞与を支払う、金銭的インセンティブを支給する、自社株の購入権「ストックオプション」を付与するなどの方法が挙げられます。これらのリテンション施策を講じることで、従業員のモチベーションをアップさせ、人材流出を防ぎます。
金銭的報酬は価値として分かりやすいという特徴がありますが、給与のアップや賞与の支給などには限界があります。加えて、現代は仕事に対する価値観が多様化しており、金銭による施策のみでは、従業員を引き留めるのに十分ではないといわれています。
そのため、後述する非金銭的報酬と組み合わせることで、さらなる効果を発揮するでしょう。
非金銭的報酬
非金銭的報酬は、金銭を伴わない報酬全般を指します。
具体的には、勤務形態を柔軟にする、スキルアップやキャリア形成の支援、ワークライフバランスの実現、女性従業員の活躍に向けたサポート、働く環境の整備などの方法が挙げられます。自社で長く働いてもらうためには、非金銭的報酬によるリテンション施策が重要視されている傾向にあります。
厚生労働省がまとめた「令和4年版 労働経済の分析」によると、転職者が現在の勤め先を選んだ理由について、「労働条件(賃金以外)がよいから」と回答した25~34歳の男性は15.8%、「賃金が高いから」と回答したのは10.1%でした。女性もそれぞれ21.9%、9.9%と、賃金以外を優先して転職先を選んだ人が多いことが分かります。
このことからも、金銭的報酬のみにフォーカスしたリテンション施策では人材を引き留めることは難しいといえます。2つの報酬をバランスよく取り入れることが重要です。
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人事のリテンション施策例

リテンション施策を考える際は、従業員にとって働きやすく、働きがいのある会社作りが大切です。しかしその実現にはさまざまなファクターがあり、どこから着手するべきか迷うこともあるでしょう。
その場合、社内で匿名アンケートを実施し、不満の大きなところから対処していくのも一つの方法です。人事部などが退職者から本音を聞き出す「エグジットインタビュー」を行って、リテンション施策につなげている企業もあります。
リテンション施策の例は金銭的報酬、非金銭的報酬に分けて前項「人事におけるリテンション施策の種類」で紹介しましたが、ここからはより深掘りして、5つの施策を見ていきましょう。
ワークライフバランスの重視
ワークライフバランスとは、「仕事と生活の調和」を意味する言葉です。従業員が仕事とプライベートとのバランスを保てるようにすることで離職を防ぎ、安定的な勤務を実現させます。
政府が「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」を策定したことから、注目されている考え方です。企業がワークライフバランスを充実させるためには、以下のような施策があります。
- 年次有給休暇の取得促進
- 介護・育児休暇の取得促進
- 時短勤務制度
- フレックスタイム制度
- テレワーク
- 副業の解禁
そのほか、長時間勤務が慢性化しているケースでは「残業をなくす・減らす」といった施策も有効でしょう。「従業員が長期にわたって働き続けやすい環境」を作っていくことが重要です。テレワーク、フレックスタイム制度、副業を認めるといった柔軟な働き方も推進するとよいでしょう。
従業員の希望を重視した配属
仕事にやりがいを感じてもらうためには、配属先も重要です。会社が一方的に決めるのではなく、本人の希望を踏まえつつ、適切な配置を検討しましょう。
■従業員の希望を重視した配属を実現させる施策
- 社内FA制度:従業員自らが実績やスキルを希望の部署にアピールし、人事異動を実現させる制度
- 社内公募制度:人材を求める部署の社内募集に対して、異動を希望する従業員が応募する制度
- 自己申告制度:従業員が異動や将来のキャリア志向などを企業側に申告する制度
以上のような制度を設けるほか、能力開発を目的としたジョブローテーションによって、本人にマッチする業務を見つけることも有効です。
また、従業員が自社でのキャリアを明確に描けるようになると、仕事にやりがいを見出せます。キャリア面談やキャリアデザイン研修などを実施して、モチベーションを保てるよう支援しましょう。
人事評価や報酬の見直し
給与の低さは従業員の仕事への意欲を下げる要因の一つです。しかし「月給をいくら上げればいいか」という単純な問題ではありません。「正当な人事評価」と「成果に見合った報酬」を考慮し、適切な評価に基づいた給与制度を構築することが重要です。
従業員の情報を一元管理し、人事評価を効率的かつ公正に行える「人事評価システム」を導入するほか、評価の手法そのものを検討し、従業員の納得感を高めていくことが「定着」につながります。下図に人事評価の主な手法をまとめましたので、参考にしてください。

風通しのよい職場環境の整備
風通しがよく、社内のコミュニケーションが活発な職場は定着率も高まります。悩みを気軽に相談できるなど、社内で孤立する可能性が低くなり、人間関係を原因とした退職を防ぎやすくなるためです。
上司と部下の「縦」の関係だけでなく、年齢が近い「横」の関係や、他部署の先輩・後輩との「斜め」の関係を構築する施策も有効です。
■風通しのよい職場環境の整備を実現させるための施策
- コミュニケーションスペースの設置
- 社内イベントの実施
- 1on1ミーティング
- メンター制度
- フリーアドレス制
社風に合った人材の採用
これは現在の従業員に対する施策ではありませんが、社風に合った人材を採用し続けることも重要です。スキルや能力が十分でも、社風に合わない人材は早期離職の可能性が高まるため、自社の企業文化との相性を面接などで見極めましょう。
自社が「主体性」を重視しているカルチャーならば、「これまでに自分から行動を起こして、成功につながった経験はありますか?」といった質問が効果的です。「責任感」を重視するカルチャーの場合は、「過去に経験した大きな失敗を、どのようにカバーしたか教えてください」と尋ねるのがよいでしょう。
採用コストがかかっても、定着率が高ければ、結果的にコストの削減を実現できます。そのため、採用精度の向上は、最も効果的なリテンション施策の一つといえるかもしれません。
リテンションマーケティングの重要性

ここからは、マーケティングにおけるリテンションについて解説します。
リテンションマーケティングとは、既存顧客との安定的な関係を維持していくための施策のこと。例えば、サブスクリプションは、ユーザー側にとって「簡単に始められて、簡単に解約できる」というメリットがありますが、提供企業側にとって「簡単に解約できる」はリスクです。
サブスクリプションに限らず、企業が安定して利益を得るためには、商品やサービスを継続的に利用してくれる顧客を確保し続けることが必要です。リテンションマーケティングが重要な理由は主に3つあります。
コストを抑えて売り上げアップ
マーケティング活動には「新規顧客への活動」と「既存顧客への活動」があり、新規顧客を獲得するコストは既存顧客を維持するコストより5倍も大きいとされています。これは「1:5の法則」と呼ばれています。
もちろん事業の成長には新規顧客の獲得も欠かせませんが、いかに既存顧客を維持し、離反させないか(=リテンション)も非常に重要です。
既存顧客の口コミで拡散
SNSが広く普及し、個人が手軽に情報を発信できるようになりました。自社やブランド、商品のファンになった顧客は継続的に購入してくれるだけでなく、口コミやSNSで第三者に商品を紹介してくれることも期待できます。
アップセル・クロルセルを期待
さらに、ファンになってくれた既存顧客は、上位モデルへのアップグレードや(アップセル)、別の商品の追加購入(クロスセル)をしてくれる可能性もあります。
先述した通り、新規顧客の獲得コストは高いため、既存顧客にアプローチするアップセルやクロスセルは顧客単価を上げる重要施策といえます。
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マーケティングのリテンション施策の例

では、どのような施策がリテンションに有効なのでしょうか。主な施策例を3つ紹介します。
CRMツールの活用
CRMツールとは顧客関係管理(Customer Relationship Management:カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)を支援するもの。自社に蓄積した顧客データの管理を効率化して、顧客満足度や売り上げの向上を目指していくためのシステムです。
CRMツールで既存顧客のデータを分析して、ニーズに合った最適な提案を実現します。データは社内で共有し、有効活用していくことが大切です。
カスタマーサポートの充実
消費者が求めているのは「良質な顧客体験」。その実現手段として、顧客からの問い合わせに対応する部署や業務を指すカスタマーサポートは重要な位置付けになります。
顧客が「商品に疑問があってカスタマーサポートに連絡したが、適切な対応をしてもらえなかった」という質の悪い顧客体験をすれば、商品からも気持ちが離れてしまいます。特にカスタマーサポートは顧客と直接的な接点を持つ部門なので、「連絡してよかった/ますます好きになった」と感じてもらえるように強化することが大切です。
顧客が問い合わせる必要がないよう、頻繁にくる質問とその回答をまとめたFAQサイトを整備するのも一つの方法です。そのほか、情報共有体制を強化し、研修を行うなどして、担当者ごとのクオリティの差をなくすことが求められます。
ロイヤルティプログラムの導入
「ロイヤルティプログラム」とは、商品を頻繁に購入してくれたり、高額サービスを利用してくれたりする優良顧客に対して、特典を付与するマーケティング施策のこと。 顧客に特別感や優越感を与え、商品やブランドに愛着を持ってもらうことが目的です。
顧客限定セール、新商品の先行販売、誕生日プレゼント、会員限定クーポンなどがロイヤルティプログラムの一種です。ロイヤルティプログラムを導入することにより、競合との差別化が図れ、顧客のリピート率を高められます。

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