半導体製造装置およびフラットパネルディスプレイ(FPD)製造装置を開発・製造・販売している東京エレクトロン株式会社。シェアは国内首位、世界で第3位を誇ります。売上の8割以上が海外である同社が目指すのは、「日本企業ならではのグローバル水準への挑戦」。その具体的な施策について、株式会社ビズリーチの取締役である多田洋祐が、東京エレクトロンの人事部長である土井信人氏に伺いました。

取材対象者プロフィール土井 信人氏
東京エレクトロン株式会社 人事部長
本記事は、株式会社ビズリーチの創業10年を記念して運営していたWebメディア「FUTURE of WORK」(2019年5月~2020年3月)に掲載された記事を転載したものです。所属・役職等は取材時点のものとなります。
※株式会社ビズリーチ 代表取締役社長 多田 洋祐は、2022年7月2日に逝去し、同日をもって代表取締役社長を退任いたしました。生前のご厚誼に深く感謝いたしますとともに、謹んでお知らせいたします。
グローバル競争に勝つために日本的な人事制度の見直しに着手

─この10年で、御社の人事制度が大きく変化したと伺いました。その背景について教えてください。
土井:アメリカの大手半導体製造装置メーカーの競合会社との経営統合計画がひとつのきっかけとなり、当社の人事制度を大きく見直す流れとなりました。当社では、以前から人事制度の見直しの議論は続けてきていたのですが、グローバルで活躍することの真の姿を体験したことで「世界で戦うためには、このままではいけない」という危機感が確信へと変わりました。あの経営統合計画がなければ、当社の人事制度は変わっていなかったかもしれません。ただ、以前にも3社ほどのM&Aを行った経験から、多様な考え方の違いを尊重しながらも、企業文化を浸透させて統一することの重要性や、会社の文化・ビジョンを理解した人材マネジメントへの見直しの必要性は実感としてありました。
多田:難しいと分かりながらも、企業文化の統一は必要だと感じたわけですね。
土井:そうですね。企業としての方針・考え方を統一し、経営資源を集中・効率化させている欧米の競合他社を見て、「同じ土壌、半導体関連という基本的に単一のビジネス領域のわれわれとしてもその力を結集し、会社としての強みを浸透させなければもったいない」と考えました。
多田:それではどのように改革をされたのですか。
土井:経営戦略とつながった採用・育成・再雇用など全体図を描き、まずは根幹となる人事の仕組みから徐々に変えていきました。
当社の売上の8割以上は海外です。グローバル競争に勝つことを目指していく中で、人事制度がバラバラのままでは、経営戦略とつながった強みを生み出していくことができないのではないか、と考えました。
例えば等級・報酬制度は、以前は能力等級制度と役割等級制度を組み合わせた制度であり、また国ごとにも考え方はバラバラでした。制度自体が悪いわけではないですが、実態として年齢や過去の実績などが評価に影響し、年功序列的な側面や若手の出世が難しい運用にもなりつつあり、人員構成や採用・育成などのいろいろな側面が関連して発生していたものでした。また、世界の人材を可視化できず、人材をみる「物差し」もそろっていない状態でした。
そこで2017年に、仕事の価値を正当に評価して社員のエンゲージメントを上げ、短期的ではなく将来の成長を目指し、人の働き方・意識を変え、人材を育成するために、職責や貢献をベースとする「職務等級制度」へとグローバルに考え方をそろえる形で変更し、それと連動して報酬制度・評価制度・退職金制度など人事制度全体をすべてつながるように変更を行いました。
多田:御社のようにグローバルで戦うには、社員が能力を最大限発揮できる環境作りが重要ですね。各業界のリーディングカンパニーの人事の方とお会いしていても、変わる必要があると気づいた企業から、続々と制度を見直し始めている印象です。
従来の制度を変える際、他の社員にその改革を受け入れてもらう必要がありますが、その過程ではご苦労をされたのではないでしょうか。
土井:実は、今も取り組みを継続しています。2017年に等級・報酬制度の仕組みを変え、2018年には評価制度を変え、やっと制度としての一つのサイクルを1度回したところです。人事制度を変えた目的は、戦略との連動・将来の成長のためであり、それに合わせて「人の働き方・意識変革、人材の育成」をセットで考えるべきですから、制度を入れることが目的ではなく、その運用・仕組みが定着することがゴールです。そこを考えると、あと3~4年はかかるのではないかと思います。今はまず、制度全体の基本コンセプトを徹底して浸透させることを優先しています。それが結果として会社の戦略を理解し組織として一体感を持って業績の向上や企業価値の向上につなげていく近道だと考えています。
さらに、制度はできるだけシンプルにし、細かなものにはしないことを心掛けました。制度を作っていくうえで、細かく作りこんだりデジタル化したりしたくなりますが、仔細なことに注目するのではなく、制度・人事戦略はどういう考え方なのか、なぜ制度を変えたのか、経営戦略と人事制度がどのようにつながっているのかなど、その背景を理解した上長や社員の方がフレキシブルに運用する余地をもつこと、ポジティブに使いたいと思う制度にすることが、重要だと考えています。
多田:人事は本来、採用・育成・配置・評価、全てを連動させる必要があり、ひとつ変えればよいというものではありません。社員に評価制度を浸透させていくのももちろん大変でしょうし、評価以外の他の制度も運用し、全体を見ながら変化・適応させていくのは、本当に難度が高いですよね。
土井:そのとおりです。当社も、考え方のベースとしての制度構築の次の段階として、採用・育成や配置へと、ひとつずつチャレンジしているところです。当社では職種別採用を開始していますし、留学生採用・海外の大学との連携など多様な、攻めの採用を開始しています。採用から育成、配置という一連の流れを分断させず、グローバルレベルにするためのつながりを持たせる試みを進めているところです。
思い込みを捨てて「HR Tech」を活用推進する人事

─御社は、日本の企業としては最前線といってもよいほどHR Techの活用に取り組まれている企業であると伺っていますが、その取り組みについて教えてください。
土井:HR Techは、最近は日本でも雑誌や大学講座などで事例として取り上げられるくらいに注目されていますね。当社では数年前に人事の組織内にHR Techの部門を立ち上げ、現在日本において約10名が在籍し各リージョンのチームと日々連携しています。最近では、グローバルにタレントマネジメントシステムを導入し、運用まで人事部内で実行しています。
さらに、現在は領域を広げ、RPAやチャットボットの開発・導入を推進し、人事業務を皮切りに、他の部隊へも知見の共有を惜しみなく行うことで全社としての生産性向上にも貢献していければと考えています。今後は、タレントマネジメントシステムに、多くのグローバルタレントデータを取り込み、蓄積されたデータを分析し、育成や人材配置へと活用を進める予定です。
多田:まさに、タレントマネジメントを推進していくお考えなのですね。
土井:そのとおりです。まずは社員の業務内容やスキル、能力などを可視化することが狙いです。そのうえで、育成や配置につなげていきたいと考えています。また長期的な人材育成を考え、人材の適材適所を進めるためにも、データは活用できるでしょう。データをうまく活用し、社員のエンゲージメントを高め、さらに活躍してもらうのが目標です。
多田:当社でも、「HRMOS(ハーモス)」という人事クラウドサービスで、採用管理ツールと評価ツールをリリースしました。これからの世の中は、人事がテクノロジーを活用していく時代です。人事の仕事とは、本来データを見ながら社員が働きやすくなるための戦略を立てることではないでしょうか。企業は生産性を高めるために、人事のITツールの活用を促進し、ノンコア業務はシステムに任せるようにしていかなければいけません。当社ではテクノロジーを活用する文化が当たり前になるような未来にサービスで貢献したいと考えています。
土井:当社がHR Tech部門を作ったのは、グローバルでは10年くらい前からHR Techに取り組んでいたことがきっかけでした。当初は日本の人事部がテクノロジーを活用するのは難しいと思い込んでいましたが、実際にチームを作ってさまざまな取り組みをしてみると、テクノロジーの力で人事部門が社員の働き方を支えていけるというのは素晴らしいことだと実感しています。
多田:人事戦略のもと、テクノロジー人材を配置して再設計できる柔軟性を持たれていますね。他社ではあまり聞くことができない、とても先進的な取り組みだと思います。
土井:今後もIoTなど、さまざまな技術を吸収して、当社でできることは実施していきたいと考えています。当社がそもそも技術の企業である点が、こういったHR Techという新しい取り組みがスムーズにできた要因なのかもしれません。
また、もともとエンジニアが多い当社ではありますが、最近事業部からは「ソフトに強いなど、もっと違うスキルを持ったエンジニア人材が欲しい」とも言われています。採用した人材がさまざまな場所で活躍できる土俵を作ることにも寄与できるのではないかと思いますし、採用力もさらに高めていかなければなりません。
多田:今、テクノロジー人材の獲得競争が激化しています。ハード系テクノロジー人材の獲得競争は昔から激化していたものの、ソフト系テクノロジー人材はITベンチャーが先行して採用に注力していました。今では大手企業がソフト系テクノロジー人材の確保に乗り出しています。もっと言えば、優秀なエンジニア人材は世界中から求められています。つまり、エンジニアが事業成長に欠かせない企業は、今後ますます採用力を強化していく必要がありますね。
自ら学び、自ら育つ企業カルチャーを形成する

─グローバル企業としての、今後の展望をご教示ください。
土井:「グローバル」は以前から多くの企業でも使われている言葉ですし、定義が曖昧なところもあると思いますが、当社は売上の8割以上が海外であり、競合も海外が中心となる業界で、その舞台で戦える人材を将来に向けて育成していく、そのような文化を作ることが、今後の成功要因の根幹にあると考えています。
「グローバル=英語力」のように捉え英語力の議論になりがちですが、当社では、英語は最低限のビジネスの基礎として当たり前のことと考え、あくまでもツール・礼儀みたいなものと捉えています。本当の意味のグローバル化に向け、多様性を受け入れビジネスに生かすマインドセット、語学力に限らないコミュニケーション力、そして何よりも人間性を育てていくことが重要と考えています。今後は言語を超えた「グローバルで戦える日本企業ならではの価値」を理解し、違う土壌で戦える人を必要としています。
これまで当社は国内中心にものづくりをし、日本から海外に製品を送って販売していくモデルが主流でした。今後は、日本、海外は関係なく、世界中のタレントを活用して、お客様を各国現地でサポートしていく姿に変わっていきます。会社としても、日本から海外に人が行くだけではなく、海外で採用した人材に日本に来てもらい、日本の工場で学んでもらい現地で活躍してもらう、という方針を持っており、よりグローバルタレントの活用に力を入れていく予定です。
多田:日本の会社として、世界を土俵に、どのように勝つのかという取り組みをしていらっしゃるのですね。
土井:日本企業がただ欧米企業をまねてグローバル化すれば勝てるのか。たぶん勝てないでしょう。欧米企業の強みが例えば「ビジョンの作り方」や「マーケティングのうまさ」だとしたら、日本企業の強みは「対応力」や「熱意」や「すり合わせの力」というような、日本特有の細やかなサービス精神かもしれません。まずはわれわれの価値を認識し、国籍など関係なく、社内に徹底的に浸透させることが重要なのではないでしょうか。人事制度を構築するうえでは、グローバル人事制度として導入したとしても、完全に欧米的な人事制度にするのではなく、われわれの戦略との整合性や強みを生かすことを意識してきました。
当社は真のグローバルカンパニーを体現し、世界No.1のポジションを半導体業界で獲得していくことを目指して、これからもさまざまな取り組みを続けていきます。
―最後に、御社の採用・育成への展望をお聞かせください。
土井:採用については、人事部内にある採用ブランディングのチームも、テレビコマーシャルの戦略転換に関与させてもらったことや、攻めの採用ブランディング策も功を奏して、当社への2019年の応募者数は前年度と比べ1.5倍と増加し、手応えを感じています。入社希望者の意識は高く、どの職種も、グローバル意識・成長意欲や英語力がかなり高いレベルの人材が増えていると感じています。
多田:入社希望者が優秀というのは、企業として今後の成長加速が期待できる素晴らしい状態ですね。既存社員も刺激を受け、努力する企業カルチャーが生まれるのではないでしょうか。最初は軋轢が生まれたとしても、中長期的に見れば、企業にも社員にもメリットがもたらされるでしょう。
土井:優秀でポテンシャルの高い新入社員にわれわれができることは、育ててあげることです。若い人材を体系的に育てていくプログラムが必要ですし、それを見守る中堅マネージャーの教育も必要です。彼ら・彼女らには、自分に足りないものを見つめ直し、自ら学んでもらう、というマインドセットを持ってもらいたいと考えています。今、世の中は、変化が早く、技術の進化もすさまじく、画一的な教育や年齢に応じた研修などはもう有効には機能しません。中長期かけての人材育成は日本企業の強みでありますが、育成を多様化させ、個人個人にカスタマイズし、成長スピードをアップさせる方向に向けていくことが重要です。
そして育成やキャリアなどは会社から与えられるものではなく、自分が何をしたいのか、何を求められるのかを考え、自ら取捨選択して学び続ける姿勢が不可欠になります。そのように考えている社員が当社には増えていると考えていますし、そのような前向きで積極的な社員のために、また、特にわれわれは変化の早い業界におりその技術をリードする会社ですから、座学の研修だけではなく、Webやモバイルから受講できるコンテンツを増やし、出張が多い・忙しい社員でも学ぶ機会を損なわないように工夫するなど、コンテンツとテクノロジーを組み合わせて、われわれがサポートしていきたいと考えています。
多田:当社でもそのように考えております。企業は社員の学ぶ機会を提供し、学びたい気持ちをつぶしてはいけません。当社では企業内大学「桜丘ユニバーシティ」を立ち上げ、「自分で学んで、自分で育つんだ」という気持ちを持つように伝えています。人生100年時代、50年や60年と働くことが予想されているにもかかわらず、今あるスキルや経験だけに頼って能力開発をしないと、この先通用することは難しい時代がきています。これからの時代、学び続けてスキルをつけていくしか生き残っていけないのです。
土井:そのとおりです。「待ち」の姿勢ではいけませんよね。私も「自分で学ぶ」というメッセージを発信し続けることが、とても重要だと考えています。

取材・文:大橋 博之
カメラマン:矢野 寿明
記事掲載:2019/6/13
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