日本初の本格国産ウイスキーを生み出した創業者の金言「やってみなはれ」を合言葉に、ビールやウーロン茶など、日本の酒類・飲料業界に革命を起こしてきたサントリーホールディングス株式会社。現在、サントリーホールディングスのグループ会社は世界中に広がり、社員は合計約4万人にも上ります。このようななか、企業カルチャーを大切にしてきたサントリーにとって、変えたくないもの・変えるべきものとは何なのでしょうか。株式会社ビズリーチの代表取締役社長である南壮一郎が、サントリーホールディングス株式会社のヒューマンリソース本部長/執行役員である神田秀樹氏に伺いました。

取材対象者プロフィール神田 秀樹氏
サントリーホールディングス株式会社
ヒューマンリソース本部長/執行役員
本記事は、株式会社ビズリーチの創業10年を記念して運営していたWebメディア「FUTURE of WORK」(2019年5月~2020年3月)に掲載された記事を転載したものです。所属・役職等は取材時点のものとなります。
「待ち」の姿勢では、出会いたい人材と出会えない

─この10年でわれわれを取り巻くビジネス環境は劇的に変化していますが、御社の人事・採用戦略はどのように変化してこられたのか、お聞かせください。
神田様(以下、神田):HR(ヒューマンリソース本部)のあり方として大きな柱は変わっておらず、むしろ一番大切な軸は変えてはいけないと感じています。当社の人事・採用戦略では、以前から、人としての魅力や伸びしろを考慮する「ポテンシャル採用」、そして社員一人ひとりの能力開発を支援することで、イキイキと活躍してもらう「全社員タレントマネジメント」、この2つを一体とする考え方を大切にしてきました。われわれHRの担当者は歴代「サントリーは人が命」という信念を持っています。これはサントリーの2代目社長である故佐治敬三が当時の人事担当役員に言った「人材はウイスキーの原酒に通じる。いろんなタイプの原酒があってこそ、良いウイスキーができる。最初はパッとしなくても、長い時間をかけて素晴らしい原酒になっていくタイプもある。人材もそれと一緒や。一人ひとりの人材(原酒)を大切に育てるように」という、われわれは勝手に「人材原酒論」と言っていますが(笑)、その考えを大切にしています。この10年でわれわれが直面した劇的な変化のなかにおいて、さらに「人」の価値が重要になってきていると考えています。
南:急速に雇用環境が変化するなか、これからの時代を生き抜いていくうえでますます重要な信念ですね。「人」を経営の中心に据えるなか、特に採用を行う過程で大事にされているのはどのようなことなのでしょうか。
神田:当社の採用では、「人と向き合う」ことを大事にしています。たとえば新卒採用の場合、選考を希望する学生にエントリーシートを提出してもらうのですが、このエントリーシートにはフォーマットがありません。まっさらな状態のエントリーシートを前に、思う存分、自分を表現してもらいたいと考えているためです。フォーマットがあるエントリーシートと比較すると作成に時間はかかってしまいますが、熱意のある方にとっては書きごたえがあるはずです。そして、時間をかけてもらっている分、われわれも真摯に対応することを心がけ、1枚につき2人の人事担当者が必ず目を通す体制にしています。
南:新卒採用のエントリーシートの段階から、それだけ工夫と時間をかけていらっしゃるのですね。かけた労力は十分に成果で戻ってくることを信じているからだと思いますが、採用面接では何か工夫をされているのでしょうか。
神田:面接は、採用担当から始まり課長、役員と段階的に面接官を変えているのですが、通過するごとに、それまで面接を担当した社員がサポーターとして、その後の選考通過を応援するという取り組みを行っています。これは企業理解の促進にもつながりますし、選考を受けてくださった方が最終的に同じ会社の仲間にはならなかったとしても、当社を応援してくれるファンになっていただけるよう、心がけていることです。
南:まさに、人と向き合うことを大切にされ、採用活動を、会社が一体となって自社の魅力を伝えていく機会にされていらっしゃるのですね。当社が推進してきた新しい採用活動に、「ダイレクトリクルーティング」というものがありますが、これは、経営者・役員・採用担当者・社員など職務や職責に関係なく、全員が力を合わせ、自ら候補者を見つけだし、自らアプローチする仕組みです。優秀な人材を採用するには、これまでの、受け身の「待ち」の採用ではなく、企業がとれる手段を主体的に考え、能動的に実行する「攻め」の姿勢が重要だと考えています。御社の採用の姿勢には、この「ダイレクトリクルーティング」の考え方に通ずるものを感じました。
神田:そうですね、一緒に働きたい方に対して、社員が直接会社の魅力を伝える機会を作り、仲間として迎え入れることは重要だと考えています。ビジネスを取り巻く環境の変化が激しいなか、イノベーションを起こせる人材は、市場において今後ますます重要になってくるでしょう。たとえば、生産や研究の部門では、今まで当社が保有する強みの技術分野とは異なる技術分野を融合し、新しいものを生み出すことも必要になってきています。そのようなことができる優秀な人に出会いたくとも、「待ち」の姿勢ではなかなか出会えず、当社のこのような考えを知っていただくすべもありません。その点で、「ダイレクトリクルーティング」という概念は非常に有効で、今後企業が本気で取り組むべきだと感じますね。
南:変化といえば、御社は他社に先行して「働き方改革」に積極的に取り組まれていますよね。
神田:はい、テレワークやフレックス制の導入をはじめとした、ワークスタイルの革新に力を入れてきました。時間と場所の制約を取り払うことで多様な人材が活躍できる環境の整備、自律的に働き方を決める風土を醸成することはできましたが、実際の年間総労働時間はあまり短縮できていませんでした。そこで、2016年に、各部署から現場主導で具体的なアクションプランを立案してもらうという「働き方改革」を始動し、その施策のPDCAを回していった結果、一人当たりの総労働時間を年間100時間短縮することに成功しました。ワークライフバランスを実現しつつ、生産性を高めるためには、メリハリをつけて働くことが大切です。
ほかにも、「女性が活躍できる会社は長く生き残れる」という考えから、女性の活躍も推進してきました。女性の役職者の割合は、日本の製造業のなかでもトップクラスだと思います。また、ライフイベントの多い女性社員への理解の促進を目的とした、男性の意識改革に関わる施策も推進しています。お子さんが生まれたら1週間の特別休暇を取得して育児に参加するように促しているのも、施策の一環です。
南:昔から「人が命」という信念を大切にしてこられた、御社らしい取り組みですね。
神田:当社会長の佐治信忠は「サントリーに集う人はFamily」と唱えています。われわれHRも同じ気持ちで、社員全員にサントリーで働くことによって幸せになってほしいと考えています。
ダイバーシティー経営実現のための合言葉「YATTE MINAHARE」

─御社の人事戦略の基本方針として定めている「ダイバーシティー経営」について、お聞かせください。
神田:当社ではダイバーシティーの方針として、4つの壁「国境」「性別」「ハンディキャップ」「年齢」を超えることを定めています。実はウイスキー部長から人事部に久しぶりに戻ってきたときに、私自身もダイバーシティーの本当の重要性は頭では理解していても体では理解していなかったかもしれません。自分のなかでの大きな転機は、知的障がいのある方々をコラボレイティブパートナー(CP)という立場で人事部の仲間として迎え入れたことです。特別支援学校から就業体験として受け入れ、卒業後に働いてもらっています。彼ら彼女らはあいさつがとても元気で、そして献身的に働いてくれています。そんなCPを見て普段忙しそうにしていた社員たちも、とても優しい表情になり、明らかに周囲に好影響を与えている姿をいろんなところで目の当たりにしました。4人でスタートしたCPも今では16人となり、社員と同じフロアで一体感をもって仕事をしています。社員もCPも、ともにイキイキと感謝の気持ちをもって働いています。
これは一例ですが、ダイバーシティーによって生産性が向上することを実感しました。これからの企業経営においてはますます多様な人材が必要となるでしょう。「ダイバーシティー経営」のスタートは、異なる価値観を受容することであり、その土台には人に対するリスペクトが重要だと考えています。先ほどお伝えした「4つの壁」を乗り越え、ハンディキャップを持つ方や女性の活躍、加えてシニア社員の活躍や買収したビーム社(※)の社員も含め、一丸となって、日本発の真のグローバル企業を目指しています。そのためには、社会の変化に合わせて社員自身も日々変化し成長する必要があります。企業としても多様な社員が活躍でき、価値創造が実現できる環境を提供できなければ、この先は生き残れないと感じています。
南:御社のグループには約4万人もの社員の方が在籍されていますが、これは一つの「街」に匹敵する規模の人数ですよね。そんな御社が多様な方々を受け入れつつ、生産性向上も実現できているのは、社員の方々の仕事における役割分担や業務の要件定義がきっちり行われているからではないでしょうか。「家族」である社員が時代の変化を乗り越えながら、パフォーマンスをあげられる環境を作ることが、これからの時代の経営であると、強く共感しました。
神田:約4万人いる社員の気持ちを一つにすることは、HRの大きな役割です。そのために、創業精神や当社らしさを社員に認知してもらうことを目的とした「サントリー大学」も作りました。国の違いなど元々の価値観の違いは大切にしつつも、その約4万人の社員に当社が大事にしていることを理解してもらえないと、グループは一つになれません。その一つが「やってみなはれ」です。
南:「やってみなはれ」は、サントリーらしさを表現する、本当に偉大で心に残るフレーズですよね。これは勝手な思いも込めてではありますが、誰しもが何かに迷ったときや挑戦するときに、刺激をもらい後押しされる気持ちになれる言葉ではないでしょうか。
神田:「やってみなはれ」は当社でも一番大切にしている言葉です。一時期、これをグローバルに広げていきたいと考え「Go for it」と英訳し社内にも広めようと試みましたが、浸透しませんでした。そこで「やってみなはれ」をそのままローマ字で「YATTE MINAHARE」としたところ、グローバルの社員4万人と真の意味合いを共有することができました。他にも、「水と生きる」「ものづくり」「現場」などの言葉も、日本語から他の言語へと翻訳をせずとも、その意味と価値の両方がグローバルに広まっていきました。
南:他の言語ではなく、日本語で流通させているところが御社らしく、言葉そのものに皆様が誇りをもっていらっしゃることを強く感じます。海外の方は、日本のものづくりを「ジャパニーズ・クオリティー」として認知し、大変リスペクトされています。だからこそ、日本語でも世界で自然と流通されたのだと思いますし、日本人としてはとてもうれしいですね。また言葉そのものだけではなく、言葉の裏にある御社の理念や意志、志が明確な軸として存在するからこそ、広く浸透しているのではないでしょうか。
※ビーム社(Beam Inc.):バーボンウイスキーの「ジムビーム」や「メーカーズマーク」などで知られる米ウイスキーシェア第2位の酒類メーカー。2014年の買収によりサントリーホールディングスは世界第3位の蒸留酒メーカーとなった。
変わらないものを大切にしつつ、変わることへの抵抗をなくす

─今後10年先を見据えて、人事戦略はどうお考えでしょうか。
神田:やはり冒頭にお話しした通り、大きな柱の部分は変わらないと思います。当社らしさは、軸としてブレてはいけないと考えています。ただ、世界中に社員がいる現在、グローバル人事活動を推進し、全社員の気持ちを一つにするための工夫が必要だと思っています。そのために、「FAMILY(ファミリー)」「YATTE MINAHARE(やってみなはれ)」「ENGAGEMENT(エンゲージメント)」の3つの言葉で構成される、「Suntory People Way」を定め、全社員と共有しています。
南:これまで「ファミリー」と「やってみなはれ」について語っていただきましたが、3つ目の言葉である「エンゲージメント」には、どのような思いを込められているのでしょうか。
神田:これは「4万人全員でつながっていたい」という思いを表しています。当社に入社して良かった、仲間になって良かった、と社員に思ってもらうことを目指しています。
南:なるほど。社員の方に、御社に入社したことを誇りに思ってほしい、ということなのですね。実際に、それぞれの社員の方のエンゲージメントを高める施策も、何か行われているのでしょうか。
神田:大切にしているのは、「当社が大事にしているものを社員に伝え、共感してもらうこと」、そして「事業自体が伸びていくこと」だと考えています。エンゲージメント調査を1年に1回、全社員に対して定点観測も行っています。年々、その結果も改善が見られてきており、さまざまな施策についても、徐々に成果は出てきていると感じています。
ちなみに、南さんはさまざまな経営者の相談に乗っていると思いますが、これからの時代の人事戦略においては、一体どんなことが大切になってくるとお考えですか。
南:これまでの終身雇用や新卒一括採用をはじめとする、戦後日本で生まれた雇用形態は、奇跡的な高度成長を支えた、合理的かつ効率的な政策でした。しかし、経済のグローバル化や情報技術によるビジネスモデルの短命化等により、企業は常に生き残りをかけて、自らが変わり続けなくてはならない時代に突入しています。企業が急速に変化する厳しい環境にさらされている以上、その企業で働いている個人も本来は同じ感覚で変わり続けなくては通用しなくなってしまう時代です。
このような変化の激しい時代で働き、そして生き残っていくためには、誰しもが変わり続けなくてはなりません。そして、企業も個人も自ら変わり続けるためには「学び続ける」しかありません。
神田:「変わり続けるために、学び続ける」ことの大切さは全く同じ思いです。南さんのそのお言葉に未来を見据えた強い意志を感じますが、ビズリーチを経営するうえで、日々どんなことをお考えですか。
南:この時代において、今一緒に働いている社員全員と、何十年も先まで一緒に働いていることは確率論的に少ないと思います。だからこそビズリーチで根付いた働くうえでの「習慣」が、未来にも通用するものであってほしいと感じています。ビズリーチで働いたことによって得た習慣、経験やスキルなどが、社員の未来に向けた良い投資になるようにすることが、企業としての責任だと思います。そして何よりも、事業創りを通じて、世の中にインパクトを与えられることを体感してもらい、明るい未来を創るようなキャリアにしていってもらいたいと感じています。
神田:大いに共感します。当社は「大きな柱の部分は変わらない」が、「やってみなはれ」の精神で、どんどんと新しいことにチャレンジし続けてきたからこそ、今があると思っています。南さんのお話を聞いて、私たちの大事にしてきたことが「変われる力」に通ずるものがあるのだと感じました。
南:ありがとうございます。これからの時代、企業としての理念やビジョン、また価値観などをさらに大切にしなければいけません。御社には、変わらない軸があるからこそ、再定義する部分が明確になり、変化し続ける環境に対して変わっていくことができるのだと思います。
また今後は、社会構造の変化が生み出す課題、そしてさらなる技術革新によって生まれる課題が時代を急速に再定義していき、競争も熾烈になります。その変化のスピードについていった方々が次々と世の中を変えていくのだと思います。われわれも時代の波にのみ込まれないように、社会の課題と向き合い、新しい時代の技術を活用したプロダクトを創ることで、国や社会、またさまざまな産業や業界の未来のビジョンを支えていく存在になりたいです。

取材・文:大橋 博之
カメラマン:中川 文作
記事掲載:2019/7/4
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