1899年の創業時から「ベタープロダクツ・ベターサービス」をモットーに、日本を代表する電機メーカーへ成長した日本電気株式会社(以下、NEC)。情報通信技術を基幹に、個人の生活から社会インフラまで、多くの分野で社会価値の創造に取り組んでいます。今、NECで進めているのがカルチャーの変革。リードするのは、日本GE(現GEジャパン)や日本マイクロソフトで辣腕(らつわん)を振るってきた佐藤千佳氏。社員数10万人を超えるNECでの改革、また「人生100年時代」を生きるうえでの考えを、ビズリーチ取締役の多田洋祐が伺いました。

取材対象者プロフィール佐藤 千佳氏
日本電気株式会社
シニアエグゼクティブ カルチャー変革本部長 兼 人材組織開発部長
2016年にノキアソリューションズ&ネットワークス株式会社(現ノキアソリューションズ&ネットワークス合同会社)人事部長を経て、2018年4月、NEC執行役員兼カルチャー変革本部長に就任。2019年4月にはシニアエグゼクティブカルチャー変革本部長兼人材組織開発部長を務める。
本記事は、株式会社ビズリーチの創業10年を記念して運営していたWebメディア「FUTURE of WORK」(2019年5月~2020年3月)に掲載された記事を転載したものです。所属・役職等は取材時点のものとなります。
※株式会社ビズリーチ 代表取締役社長 多田 洋祐は、2022年7月2日に逝去し、同日をもって代表取締役社長を退任いたしました。生前のご厚誼に深く感謝いたしますとともに、謹んでお知らせいたします。
人事の変革なくして、ビジネスの変革は成立せず

多田:人事戦略に長年取り組まれてきた佐藤さんのご経験から得られた、人事が大切にするべき点を教えていただけますでしょうか。
佐藤様(以下、佐藤):「人事はビジネスのためにある」と理解することです。ビジネスの成長のために人事領域でできることを、ベストな方法とスピードで実現するのが人事の責務です。それを果たすためには、自社ビジネスの方向を正確に理解し、人事の世界を超えた外部のトレンドを把握する必要があるでしょう。自分たち人事を「裏方である」「管理する側である」「サポートする立場である」と認識した瞬間に、人事が本来発揮すべき付加価値が下がってしまうと考えています。
「人事は社長の良きビジネスパートナーであるべき」と言われるのは今に始まったことではありませんが、その意味をより意識する時代になってきています。うれしいことに、人事の重要性は一層増してきましたね。
多田:当社も多くのお客様の人事業務を支援してきて、ここ数年は特に「事業を成長させるために人事が重要な役割を担っている」と再認識される企業が多くなっていると感じています。一方で歴史ある大企業のなかには、業務の最適化が進むなかで分業化が進み、人事の担当者があまり事業との接点が感じられないと悩まれる場面もあるようです。ビジネスサイクルの加速化が進む現代では、佐藤さんがおっしゃったように「人事はビジネスのため」と認識し直し、人事が社長や事業長のビジネスパートナーとなることの重要性が増していますね。
佐藤さんはこれまで日系企業も外資系企業もどちらも経験されていますが、何か違いは感じられましたか。
佐藤:日系か外資かの資本体制よりも、時代の変遷のほうが影響が大きいのではないでしょうか。「企業としてあるべき姿」や「競争相手」も、今はグローバルに考えていかなければならない時代ですからね。
また、社員という観点では、人材の質は磨く側である企業によって変わるので一概には言えないですが、時代に合わせた育成や成長の機会の提供などにより、まだまだ社員の力を引き出せるのではないかと考えています。人事の在り方によって社員の成長、ひいては事業成長は大きく変わるのです。時代の変革とともに領域が広がってきている人事の仕事は、やりがいが以前より大きくなり、そしてより面白くなってきています。
多田:「戦略人事」の考えですね。個人的には、2015年12月号の「Harvard Business Review(ダイヤモンド社)」に、「戦略人事」というキーワードが大々的に表紙に登場したのが今でも強く印象に残っています。そのあたりから人事に対する流れが変わったようにも感じていますが、佐藤さんが人事の転換点だったと感じたのは、いつ頃でしょうか。
佐藤:私は1996年から2011年まで日本GE(現GEジャパン)に在籍していましたが、その頃から「ビジネスリーダーの右腕」としてHRの重要性は説かれていました。その後、日本マイクロソフトで人事や評価制度などの変革に携わり、「人事の変革なくしてビジネストランスフォーメーションは成立せず」とさらに強く実感しました。そして、今まさに、その変革のど真ん中にいます(笑)。
多田:「人事の変革なくしてビジネストランスフォーメーションは成立せず」とのお言葉、とても共感します。私がビズリーチに入社したときは社員数はたったの15人でしたが、お客様の要望に応えるべく事業を拡大していくなかで、現在は約1,500人まで従業員数が増えました。急激に社員が増えていく混沌とした状態においても、企業経営での成長を実現するためには、組織構築が重要で、それを支える人事は必要不可欠です。
常に生き物のように変化する組織に対応できるよう、人事制度の刷新を幾度か行ってきました。当社のようなベンチャー企業でも人事の重要性は実感していたので、御社のように10万人を超える規模の企業では、人事の思想や仕組み一つで、事業に与えるインパクトもとても大きいのではないでしょうか。
佐藤:人事の動きによって大きく変わったという点では、近年では「人事だけではできないことも人事がオーナーシップをもって実行する」ように変化してきたことです。具体的には、他の部門やビジネスの現場を巻き込んで人事改革を進めるというものです。
多田:特にこの数年では大企業でも、人事未経験の方を人事のトップやマネジメントレイヤーにアサインする事例が増えてきました。「事業をわからずして人事はわからず」という意識だけでなく、今まさにお話しされた「他部門をいかに巻き込めるか」の力学も働いているのでしょうね。
佐藤:おっしゃるとおりですね。実はグローバルでも似た動きがあります。事業リーダーで実績を上げ、人事的なセンスがある人をトップに据えます。現在のマイクロソフトでグローバルHRのトップを務めるKathleen Hogan氏も、HRのキャリアを歩んできた方ではありません。今後はますます事業経験者が人事を牽引していく時代になるかもしれないですね。

カルチャー変革の要は「伝わる」コミュニケーション

多田:人事だけでなく、会社の経営陣が「変わる」と意思決定しない限り、会社は変われません。変革を牽引する佐藤さんの立場から、経営陣に期待することはありますか。
佐藤:当社社長の新野隆は、「カルチャー変革がNECには必要であり、やり遂げることが自分のミッションだ」との考えを一貫して持っています。彼は心に訴えかけるようなリーダーシップを発揮し、当社をリードしています。彼を見ていると、リーダーは弱気にならず、発言や考え方がぶれないことが必要だと感じます。
私がこのカルチャー変革本部に就任してから、従来の制度は細かい変更こそしたものの、大幅に刷新したわけではありません。むしろ、新野や役員たちに、伝え方や進め方のトレーニングを実施したり懸念点を指摘したりしたことのほうが、変化の度合いとしては大きいと感じています。大切なのは、会社の規模は関係なく、人間同士のコミュニケーションであるという意識です。
今年度からは、制度まわりの改革にも広く着手しています。先日、グループ会社の役員への説明を行った際、まず社長の新野が30分間思いを語ってから制度変更に関するセッションに入るという形式を取りました。不完全な点もさらけ出しながら、ストーリーを通じて伝えていく。そこからフィードバックをもらい、みんなで完成形に近づけていく。そうすることで、より変革の意図や制度の内容を理解してもらえます。まさに「伝わる」コミュニケーションです。制度の変革ももちろん大事ですが、まずは社員みんなに正しく理解してもらうことが重要なんです。
多田:「制度」に100点はありませんよね。常に改善点があることをトップが誠実に伝え、意見をやり取りし、より向上していく過程で組織としても主体性が生まれるのでしょうね。
佐藤さんが率いているカルチャー変革本部は、どういうミッションのもとに業務にあたられているのでしょうか。
佐藤:カルチャー変革本部の3本柱は、「人事制度の改革」「働き方の改革」「インナーコミュニケーションの改革」です。
人事制度や働き方改革では総務などとも連携し、コンセプトを詰めたうえで、マインドセットの変革を促すことを重視しています。特に重要なのはインナーコミュニケーションです。先ほどの新野の例でもあったように、従来の通知という意味での「伝える」コミュニケーションのアプローチを脱し、「伝わる」ための見せ方や届け方を工夫して、繰り返し発信し、オープンに対話をしています。
その一環として立ち上がったのが「Project RISE」という取り組みです。カルチャー変革本部では四半期に一度、パルスサーベイを実施し、うまく進んでいる部署の良い手法を展開していく取り組みを続けています。
多田:グループで10万人を超える御社の「カルチャーを変革する」という業務は、かなりの重責だと想像していますが、チームは現在何人ほどいらっしゃるのでしょうか。
佐藤:約15人です。まずは2万人のNEC本体を変革し、続いてグループ全体となる10万人超を変革していきます。カルチャー変革本部の人数は多くありませんが、私たちのチームが小さな核となり、テーマによって必要な部署やリーダーと連携し、目標へ向かっていく手法を取っています。これも「巻き込み」ですね。
今までのNECでは取ってこなかった手法のせいか、衝撃が大きいようで、「今回は本気度を感じる」という声を社員からもらいました(笑)。
私のミッションは変革のリードですので、抵抗する声もあるだろうと入社当初は覚悟していました。しかし、ふたを開けてみると、理解し、協力し、力を合わせてくれる社員が多く、うれしい限りです。私にとってはこれまでのキャリアで「最も自分が求める環境を構築できる状態」にあると感じています。

HRキャリアは拡張し、企業と個人は対等になっていく

多田:今、キャリアのお話も出ましたが、今後、人事に求められるスキルやキャリア形成も変わってくるのでしょうか。
佐藤:ビジネスが加速する先で、大きなインパクトを人事領域で出していくためにも、「本当のゴール」を見極められる力は一層必要かもしれません。これまでは「How」が細分化されてきたところから、あらためて「Why」に向き合い、大局を俯瞰する力です。ただ、それはHRに限らないことだと思います。
私はHR関連で働く方々には「HR以外の経験があったほうがよりよい仕事ができるから、ぜひ積極的に越境を」とお話ししますが、個人的にはHRだけのキャリアであっても、やり方や経験次第で決してマイナスにはならないだろうとは考えています。
多田:おっしゃるとおり、何より大切なのは、時代や求められる状況に応じてスキルや仕事の進め方までも「変え続ける力」であると佐藤さんのお話を聞いて感じました。何が自分の「Will」に合うのか問いながら変わり続けさえすれば、どこにいても必要な能力を身につけられ、自分の行動も考え方も変わるはずです。
あとは社会が大きく変化するなかで「自己客観視能力」を持つことが重要になってきていると感じています。ビズリーチでは「キャリアの健康診断」と呼んでいますが、市場からどのように評価され、自分自身がどういった状態にあるのかを常に知ることも大切だと考えます。そういった状況に身を置くことで、また変わる機会を得られます。
佐藤:社内評価、社外評価にかかわらず、あらゆる視点をきちんと自分への気付きとして捉えられるかですね。ポジションが上がっても、年齢がシニアになっても、「変わり続けられるか」はポイントですね。
NECでは評価改革の一環として、「目指すべき行動」を5つ挙げ、期待される行動事例をまとめました。私たちが競合に勝っていくために期待されるレベルを基軸に置き、いかに自分たち自身をアセスメントできるかを評価指標に置きました。ベンチマークは外部ですが、どの企業に属そうとも、見るべきフィールドは広がっていきますね。
多田:ぜひ最後に、「人生100年時代」と言われる今、個人と企業が今後意識していくべきことについて伺えますでしょうか。
佐藤:常に良い意味の緊張関係のもと、ますます企業と個人が対等な関係になるのが要だと思います。個人は、会社から与えられるキャリアだけではなく、自分で貪欲に考えて行動するように変化していくでしょう。
当社社員は、人材としてとても優秀です。ただ、これまでは会社が社員のキャリアを作ってきた傾向にあります。これからの人事戦略としては、自らキャリアを考え、違う仕事や環境にも貪欲にチャレンジすることを促すような行動事例をつくり、自己を成長させられるような評価の仕方やフィードバックにつなげていきたいと考えています。
多田:それは、雇う・雇われるといった関係性を超えて、お互いをもっともっとリスペクトしていくこと、また、企業は選ばれる側として、いい意味の緊張感をもった関係であるべきということですね。一方で個人はこの人生100年時代において、働く期間が長くなれば、30代に行っていた業務内容と70代のときに行う業務内容が異なり、70代のほうが給与が高いという場合も出てくる可能性があります。そのためには、個人は常にキャリアを考え、磨き続けなければいけない時代が来たのだと私も思います。
佐藤:一方で私たちの採用における課題として、外部へ向けた発信力がまだ足りないと感じています。変革の姿が見えづらく、旧態依然としたイメージを多くの人から持たれているように感じています。実は中途採用も盛んに取り組み、仲間になってくれた社員が活躍しているのにもかかわらず、それが発信できていないのではないかと反省しています。
多田:私どもでは「採用マーケティング」という考え方を提唱しています。採用もマーケティングと同じく、認知・購買・ファン化・リピートという図式で捉えるのです。すると採用に関わった人がファンになり、新たな社員候補を紹介してくれるようになる。人事と現場が一体になって企業自体をブランディングし、企業風土も含めたマーケティングが鍵になると考えています。
佐藤:採用マーケティングの考え方でいえば、ご縁がなかった人にも「NECは接してみたら良い会社だった」とわかってもらいたいですしね。
多田:はい、その思いがいつか、改めて御社と関わる接点になるかもしれない。常にタレントをプールして、いい人材とコンタクトし続けることも重要だと思います。
佐藤:営業活動では当たり前にしていますしね。自分たちからブランドを発信していく意識が、さらに求められるのでしょう。
多田:採用とは全社員の仕事であり、全員がブランド発信者になり得ます。自分たちで自分たちの仲間を集めてくるという主体性が会社を大きく変革するはずです。この感覚が広がれば、企業も優秀な人材に長期にわたって活躍してもらうために良い経営や良い働き方を、さらに目指すようになるでしょう。

取材・文:長谷川 賢人
カメラマン:中川 文作
記事掲載:2019/7/2
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