山之内製薬と藤沢薬品工業の合併によって、2005年に誕生したアステラス製薬株式会社。「先端・信頼の医薬で、世界の人々の健康に貢献する」という経営理念のもと、得意とする疾患領域において、いまだ有効な治療方法がない疾患に対する医療ニーズ、いわゆるアンメットメディカルニーズが高い疾患に対する革新的な医薬品を創出することで競争優位を築いてきました。
いまや、売り上げの7割を海外が占めるというグローバル製薬企業としての存在感を示す同社は、2015年に新ビジョンを発表し、疾患領域という従来の切り口にとどまらず、科学の進歩による疾患の原因の解明や、治療手段・基盤技術など多面的な視点で絞り込んだ分野に経営資源を投下する「Focus Areaアプローチ」に舵を切りました。戦略の変化に合わせ、事業の成長を加速させるための組織改革にも着手しています。改革を推し進めてきた櫻井文昭様が見据える同社の未来について、ビズリーチ代表取締役社長の南壮一郎が伺いました。

取材対象者プロフィール櫻井 文昭氏
アステラス製薬株式会社
上席執行役員 経営管理・コンプライアンス担当(CAO&CECO)、人事機能長(Head of Human Resources)
本記事は、株式会社ビズリーチの創業10年を記念して運営していたWebメディア「FUTURE of WORK」(2019年5月~2020年3月)に掲載された記事を転載したものです。所属・役職等は取材時点のものとなります。

「患者さんに貢献する」という、揺るがぬ価値観で成長を加速

南:山之内製薬と藤沢薬品工業の合併から約15年経過されたかと思います。当時、合併交渉を担当されていた櫻井さんの目には、今の姿はどのようにうつっていらっしゃいますか。
櫻井様(以下、櫻井):東京を拠点にする山之内製薬と、大阪を拠点とする藤沢薬品工業の合併ということもあり、カルチャーフィットを一番懸念していました。そんななか当社がここまでこられたのは、両社の根底に共通の「新薬で患者さんに貢献したい」という思いがあったからだと思っています。
アステラス発足時から、私たちが大切にしてきた価値観があります。それが、「患者さんのためになる決断か」「アステラス製薬がやるべきことなのか」「ステークホルダーに説明がつくことかどうか」、この3つです。なかでも、「患者さんのためにわれわれが存在する」という視点は、特に大切にしています。
南:2015年に、新たな経営ビジョンを掲げていらっしゃいますよね。その策定にあたっても、患者さんにどう貢献するかという視点が軸にあったのでしょうか。
櫻井:そうですね。2005年の合併以降、「先端・信頼の医薬で、世界の人々の健康に貢献する」という経営理念の下、当社が得意とする疾患領域で競争優位を築くというビジネスモデルで事業を行ってまいりました。実際に、このモデルのもと幾つもの画期的な製品が生まれました。その一方で、既存品を超えるものが生まれにくくなっても、なお同じ領域に固執し、新たな挑戦が阻まれるという状況に陥らないかと懸念していました。イノベーションを継続的に生み出しアステラスが今後も持続的成長を遂げるには、次なるビジネスモデルへ進化が必要となったのです。
そこで、2015年に「新VISION」を発表し、疾患領域という従来の切り口にとどまらず、科学の進歩による疾患の原因の解明や、治療手段・基盤技術など多面的な視点で絞り込んだ分野に経営資源を投下しアンメットメディカルニーズの高い疾患に革新的な医薬品の創出を目指す「Focus Areaアプローチ」に基づく戦略に舵を切りました。
Focus Areaアプローチによる研究開発推進の一例として、疾患の原因や治癒と密接に関連する「再生」の仕組みに注目し、「細胞医療」という治療手段を組み合わせ、眼科疾患領域での研究開発を進めています。その一部は既に開発段階に入っています。今後は、さらに再生と細胞医療を組み合わせたアプローチを眼科疾患以外にも展開していこうとしています。このようにFocus Areaアプローチは、一つの成功を多くの成果に派生させることができるビジネスモデルであると考えています。
南:得意とする疾患領域での新薬の開発にとどまらず、多角的な視点から患者さんのためになることを考え、取り組んでいらっしゃるのですね。
櫻井:そうですね。さらに、これまでの「Rx」と呼ばれる医療用医薬品事業にとどまらず、そこで培った私たちの強みと異分野の技術を融合させて新たな医療ソリューションの創出を目指しています。「Rx+(アールエックスプラス)プログラムへの挑戦」として、現在、様々な取り組みを進めています。
その一環として、医薬品の周辺まで視野を広げた事業投資も行っています。たとえば、大手エンターテインメント企業のバンダイナムコ様とのコラボレーションにより、ゲーム感覚でセルフメディケーションを進めることができるプログラムの開発に取り組んでいます。他にも、ある特殊な物質を体内に入れることで、手術中に特定の器官の位置を把握できるようにする、といった光イメージング技術を応用した精密手術ガイドの開発も進めています。婦人科系疾患の手術では、尿管が非常に難しい位置にあり、傷つけないように施術しなくてはなりません。その際に、尿管の位置が光イメージング技術によって一目でわかれば、手術の成功率向上に寄与し、手術時間の短縮にもつながり、患者さんの負担軽減や、よりスムーズな術後回復に貢献することができます。
南:業界の枠を超えた取り組みはとても革新的ですね。従来の創薬を超えて、患者さんや医療現場のニーズに対し、これまでにないソリューションを見つけていくという仕事は、難易度が高いものの、社会に大変インパクトを与える仕事だと考えます。
裁量と自由を与え、イノベーションを生み出す組織に

南:ビジネスモデルの転換でもっとも大変なのは、組織変革をいかに起こすか、だと思っています。これまでは「得意な疾患領域で新薬を開発していく」と進んできた組織が、医療ソリューションの開発、提供まで事業の領域を広げようとかじを切る。そのために取り組まれていることはあるのでしょうか。
櫻井:まさに、今年の春から進めています。まず取り組んだことは、組織図ありきでの人員配置をやめることです。製薬ビジネスにおける重要なポイントは、新薬の研究開発にリソースを投下し、開発の成功確率をいかに高めるかです。しかし、既存の硬直化した組織モデルでは、他部門とのスピーディーな連携が実現しづらく、新しいアイデアが生まれにくい状態でした。「あの人のスキルと、この人の経験が組み合わさったら良いものが生まれるかもしれない」というコラボレーションの可能性を、部門別の縦割り組織が阻害してしまっていたのです。そこで、必要な人が必要なタイミングで協働できる組織にしたいと考えました。
南:それは、新しいビジネスを創出するうえで非常に大切ですね。一方で、多くの企業がチャレンジしたいと考えていても、なかなか実現することが難しい「理想的な組織の姿」の一つではないでしょうか。具体的には、どのような人事施策を行われているのでしょう。
櫻井:一例として、プライマリフォーカスリード(PFL)という「1人組織」をこの4月からスタートさせました。このPFLはFocus Areaアプローチにより見極めた将来の核となる戦略を一手に担い、関連部署とコラボレーションしながら、全体の戦略を完成させ、その実行を監督していく非常に重要な役割を担います。現在5名のPFLがいますが、彼らは経営戦略担当役員に直接レポートすることで、迅速な意思決定を実現しています。このように新たな組織形態がレポートラインでつながった従来組織の枠を超えるコラボレーションを生み出し、Focus Areaアプローチを推進してくれることを期待しています。
他にも、「Rx+」ビジネスにおいて新たな医療ソリューションを生み出すために、「ビジネスプロデューサー」というポジションも作りました。現在、自ら手を挙げた5名がビジネスプロデューサーとして任命され、いわば「企業内ベンチャー企業」における社長のように、研究、開発、法務、知財などの社内メンバーや、社外パートナーと協力をしながら、「Rx+」の事業化にむけて全ての業務を推進する役割を担っています。
このように経営戦略を実現するための組織戦略が変化したことで、既存の組織だけではなくユニークな施策を通して、社内外から新たな風を起こそうとしています。
南:会社にいながら、「プライマリフォーカスリード」や「ビジネスプロデューサー」として裁量を持ってプロジェクトを進めていけるのは魅力的ですね。御社のような大企業であれば、生み出せるインパクトも大きいはずです。
櫻井:他にも、研究組織内に「社内ベンチャー組織」を創設いたしました。これは、 Focus Areaアプローチに沿う研究アイデアを有する優秀な研究者を社内ベンチャー組織の社長に任命し、裁量権を格段に広げることで、必要なヒト・モノ・カネを自由に動かし、スピーディーに研究開発を実行していく仕組みです。もちろんその間、その職責に相応しい職務グレードを付与し高いレベルの処遇も約束しました。新しい薬が生まれるのはどのような組織なのかをリサーチしたところ、自ら資金を調達し責任を負うベンチャーマインドが不可欠だとわかったためです。現在すでに8人の社内ベンチャー社長が誕生し、彼らは十数人の組織を束ね、将来のプライマリフォーカスを作り上げるべく研究活動に邁進しています。このベンチャー社長にはもちろん年齢制限などありません、よってチャンスをつかめば、若くして他社では決して経験できないであろう大きな責任と裁量のもと研究活動をおこなっていくことが可能になります。
南:社員の方のマインドも変化し、社内カルチャーにも変化が生まれていることがうかがえますね。実際、制度を整えても、肝心の社員のマインドが変化に追い付かず、うまく機能しないという課題は、さまざまな企業で起きていると伺います。御社でもそのような課題はあったのでしょうか。
櫻井:もちろん、当社にとってもチャレンジでした。ですので、現場と経営陣との乖離がないように、制度導入の前年に現場へのヒアリングを行いました。当社では毎年、経営陣自ら「夏の宿題」を課しています。昨年の課題は「今まで関わりのない現場組織に足を運び、入社3年目までの若手社員全員から会社への要望を聞く」というものでした。すると、出てくる要望は人事制度、人材活用に関するものがもっとも多かったのです。こういった社員との直接のコミュニケーションを増やし、現場の声に耳を傾け、同時に制度の目的や意図を伝えていくことが大切だと実感しています。
IT×ヘルスケアで、次の10年、15年をけん引していく

南:グローバル化も推進されてきたと伺っています。2005年の設立当時から目指されていたのでしょうか。
櫻井:そうですね。「日本発のグローバル製薬企業を目指す」ということを合併時の目標に掲げていました。現在、当社は売り上げの7割が海外にあり、約1万7,000名の従業員のうち3分の2が外国籍の社員です。日本国籍の社員も、200名近くが海外駐在員として活動しています。これは、国内の製薬企業としては非常に多い数だと思います。
私がグローバル人事機能で力を入れていることの一つとして、「グローバルレベルでの人材の適所適材の実現」があります。環境変化の激しい製薬業界でわれわれが勝ち残っていくためには、世界中のタレントプールの中から、必要なポジションに応じて、活躍できるベストな人材をアサインしていくことが、今後も私たちが持続的に成長していくためには必要だと考えています。
一例として、アステラス製薬の全従業員が、世界中でオープンとなっているポジションに応募できるような「グローバルジョブポスティング」の仕組みの整備に取り掛かっています。これにより、例えば日本でMR(医薬情報担当者)をしている社員が、タイの販売会社の社長ポジションに応募するようなことも可能になります。実際にアサインされるかどうかはその役割を担ううえで、必要なスキルやケイパビリティを持っているかによりますが、チャレンジ精神旺盛で成長意欲の高い人材には、他社の同世代では経験できないような業務や成長機会を提供していく会社でありたいと考えています。若手の登用についても積極的に進めており、30代前半で課長を通り越して部長級ポジションに登用したケースも出始めており、手応えを感じています。
一方で、世界中の多様な価値観を持った従業員が納得できる人事・評価制度を策定しなければ、当社は立ち行かなくなってしまいます。一例を挙げると、従来は、地域単位で組織を運営していたものを、ビジネス状況やグローバル市場の観点から、製品領域別でのビジネスファンクションで組織を運営するように変化していきました。そこで何が起こるかというと、アメリカにマネージャーがいて、部下は日本・中国・ヨーロッパと世界各地に広がっているケースが起こり、国ごとに評価や報酬が異なっていると、それだけで人的マネジメントに莫大な負荷がかかってしまうのです。そこで現在は、報酬構造や評価システムなどを、グローバル規模で統一するための設計を進めています。
南:設立時に思い描いていた企業像を、着実に具現化されているのですね。櫻井さんは、さらにこれから10年後、アステラス製薬がどのような会社になっていてほしいと思われますか。
櫻井:合併時は、「グローバル企業トップ10を目指そう」「売り上げでいくらを突破しよう」といったゴールも設けていました。しかし、それらを追うことが本当に「患者さんのため」になるのか、と自分たちの信念に立ち返り、組織改革へとかじを切り直しました。目指すのはやはり、困っている患者さんに付加価値を提供できる会社です。サイエンスやデジタルを、いかにヘルスケアと融合し価値あるビジネスを生み出していくかが、これからの勝負になると考えています。この分野での競合は、GAFA (Google、Apple、Facebook、Amazon)のような会社になっていくでしょうね。
南:まさに、IT業界がヘルスケア領域に参入しようという流れが来ていますよね。ITの世界は、リサーチからサービスとして世の中に出るまでのスピードが非常に速いです。ITの業務フローを製薬の研究開発や今後生まれてくるサービスの提供に導入できたら、革新的なイノベーションが起こると予感しています。
櫻井:まさにそうなのです。われわれのビジネスを理解している人がITで何かを作るのではなく、ITを理解している人が製薬ビジネスの画期的なソリューションを作る。今後はそういう人材も採用していくことで、真のイノベーションが生まれることを期待しています。
南:実は、私ももともとHR領域への知見は全くなかったのですが、ITの力でもっとキャリアの選択肢と可能性を広げられると感じて、ビズリーチを創業しました。既存ビジネスを知らないからこそ、「この課題は、ITで解決できるのでは」「もっと解消できる問題点があるのでは」と好奇心や疑問を持つことができるというのは、ありますよね。また、御社の事業領域は、自分や周りの大切な人の健康に大きく関わるため、みなさんきっと興味があると思います。
櫻井:本当にそうですね。人は誰しも、自分や身近な人の病に立ち会います。なんとかしたいという切実さゆえに、見えてくる課題も多い。そこに切り込める製薬産業は、非常にやりがいのある仕事だと思っています。
われわれが求めているのは、ITをはじめとする新しい技術・スキルを、医療への貢献に転化させたいと思っている人材です。薬を軸にするのではなく、患者さんを軸に新しいソリューションを考えていく。そのチャレンジを面白がれる人と、ぜひ一緒に、アステラス製薬の次の10年、15年を作っていきたいですね。

取材・文:田中 瑠子
カメラマン:矢野 寿明
記事掲載:2019/10/01
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