近年、注目されているインクルージョン。「ダイバーシティ&インクルージョン」とセットで目にすることも多いでしょう。インクルージョンの意味や重要性、ダイバーシティとの関係や推進時のポイントなどを詳しく解説します。
インクルージョンとは
まずは言葉の定義、歴史、注目される背景などの基礎知識から解説します。インクルージョン(inclusion)は「包括、包含、一体性」という意味の英語。「包括」は「ひっくるめて一つにまとめること」、「包含」は「包み込み、中に含んでいること」です。インクルージョンという言葉の意味するところは、以下に示すように業界によって異なります。
人事用語としてのインクルージョンとは
人事分野におけるインクルージョンとは、従業員の国籍、人種、性別、ライフスタイル、障がいの有無など、さまざまな違いを受け入れ、「多種多様な価値観や考え方を組織に包含し、個々の違いを強みとして活用することで、個人と組織のパフォーマンスの最大化を目指す」という概念です。
従業員の視点では、「組織内にいるすべての人が、その組織に受け入れられていると実感し、個々の能力を存分に発揮できる状態」といえるでしょう。
異なる業界でのインクルージョンとは
インクルージョンという言葉は、宝飾品業界、社会福祉分野、教育分野などでも使われています。それぞれの業界・分野での使われ方を見ていきましょう。
宝飾品業界
古くから宝石業界では、宝石内に含まれる内包物・包有物をインクルージョンと呼んでいました。鉱物が内包する液体や別の鉱物の結晶などのインクルージョンは、天然石か合成石か、天然であれば産地の特定など、鑑別の大きな手がかりになるものです。
社会福祉分野
社会福祉分野では「ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)」という考え方があります。これは「身体的・精神的など、なんらかの助けを必要とする立場の人々を含め、全ての人々を、孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、 健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う」という理念です。 EUやその加盟国では、近年の社会福祉の再編にあたって、社会的排除(移民、失業者、貧困層、 障がい者、高齢者、女性など)に対処する戦略として、その中心的政策課題の一つとされています。
日本では2000年12月に厚生省(当時)でまとめられた「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会報告書」にて初めて提唱されました。
教育分野
教育分野では「インクルージョン教育(インクルーシブ教育)」という考え方があります。これは「障がいのある子どもなどを含めたすべての子どもたちに対して、一人一人に応じた教育がなされるべき」という概念です。
1994年にスペインのサラマンカで開かれた「特別なニーズ教育に関する世界会議」で、インクルーシブ教育の理念が唱えられたことにより、国際的に広まりました。障がいのある子どもだけでなく、移民や貧困家庭の子どもなど全ての子どもが同様の教育制度を受けられるよう、適切なカリキュラムや組織体制の整備などが取り組まれています。
日本では2010年に「特別支援教育の在り方に関する特別委員会」によってインクルーシブ教育理念の方向性が示され、現在は文部科学省がインクルーシブ教育のシステム構築を推進しています。
インクルージョンの歴史
人事分野でインクルージョンという言葉が使われ始めたのはアメリカといわれています。
1950年代、アメリカでは公民権運動が起こり、1964年制定の公民権法施行によって企業で多様な人材を雇用するダイバーシティの動きが広まりました。しかし実態としては「○%のヒスパニック系社員を雇用する」といった表面的なものであり、社員の定着率は低く、経営のパフォーマンスも向上しませんでした。
1980年代になると、そうした状況を打開するべく「マイノリティーの雇用割合だけに注目するのではなく、組織のすべての人材が能力を発揮できる、働きやすい職場環境を整備するべきだ」という考えが生まれてきました。そして1990年代には人事分野でも「インクルージョン」という言葉が用いられるように。集団の構成を表す言葉であるダイバーシティと区別し、「インクルージョンとは、メンバーが参加を許可されたグループのなかで十分に貢献できている状態」と位置づけられました。
インクルージョンが注目される背景
日本でも2000年代以降、ダイバーシティを支える概念としてインクルージョンが取り入れられ、人材活用のキーワードとして注目されています。その背景を見てみましょう。
ダイバーシティだけでは不十分
日本でもダイバーシティ推進の動きが急速に広まっています。しかし例えば、女性の雇用を増やしても、産休育休を取得することや、子どもの迎えで早く帰ることを周囲が迷惑に感じ、本人も萎縮しているようであれば、ダイバーシティがうまくいっている状態とはいえないでしょう。多様な人材を登用したり採用したりするだけでは「表面的なダイバーシティ運営」となってしまいます。多様な人材を登用した後に、それぞれが存分に能力を発揮できるような制度や社風づくりが、非常に重要であるという認識が広がってきているのです。
イノベーションに期待
20世紀前半の経済学者であるシュンペーターが「イノベーションに必要な新しい知は、既存知と別の既存知の新しい組み合わせによって生まれる」と主張しているように、組織が多様化してうまく機能すれば、さまざまなイノベーションや変化が生まれることが期待できます。ビジネス環境や個人などあらゆるものの環境変化により、将来の予測が困難とされるVUCA(※)の時代では、イノベーションが生まれる土壌づくりは大切な経営課題といえるでしょう。
※VUCA:Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の4つの単語の頭文字をとった造語で「先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態」を意味する。
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)とは
多様な人材を採用しても、インクルージョンを行わなければ、個々の力は存分に発揮されず、その結果人材流出につながりかねません。そのような背景からも、インクルージョンという言葉を人事分野で用いる場合、単独でなく「ダイバーシティ&インクルージョン」(略してD&I)というセットで使われることが多いようです。
ダイバーシティとインクルージョンの違い
ダイバーシティは英語でdiversity。多様性、相違点などの意味があり、一般的には「多様性」と訳されます。多様な人材がいる状況(ダイバーシティ)で、個々の考え方や能力を生かしている状況(インクルージョン)が、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)です。
ダイバーシティをフルーツバスケット、インクルージョンをミックスジュースに例えて説明しましょう。
多様な種類の果物が一つのかごに収まっているのがフルーツバスケットです。果物はそれぞれ個として存在しているので、リンゴがなくてもイチゴがなくても、フルーツバスケットは成立します。それぞれ自分の役割があって力を発揮していますが、相互関係は十分でなく、組織全体への影響は限定的です。
一方、インクルージョンはミックスジュースのようなものです。それぞれの持ち味を生かしながら混ざり合い、新たな味や色、変化を生み出します。また、どの果物をどのように組み合わせるかで可能性は無限に広がります。多様な一人一人が組織の大切な構成要因として役割を果たし、対等な関係として一体感を持ち、相互に作用し合いながら全体によい影響を与えているのです。
【参考】荒金雅子著『ダイバーシティ&インクルージョン経営: これからの経営戦略と働き方』(日本規格協会) P39
ダイバーシティがうまくいかない例
ダイバーシティを推進していても、うまくいかない主なパターン5つを紹介します。もしも自社に当てはまれば、インクルージョンの視点が欠けている可能性が高いでしょう。
「平等」という考え方を形式的に捉えている
形式的に「不平等な制度をなくす」だけという状態。個々の差異を認めて受け入れることをせず、「すべて同じ扱いにするべき」と考えていると、格差はいつまでも解消できません。
異なる属性によって組織が分断されている
一定割合まで多様な人材を増やすが、組織内で分離して受け入れている状態。マジョリティーとマイノリティーの格差は維持され続けていて、組織の一体性に欠けます。
マイノリティーを安価な資源と考える
マイノリティーを「安価な資源」と考え、組織の補充的人材と位置づけている状態。マイノリティーの個性を活かすのでなく、マジョリティーのルールで行動させる同化主義の傾向も強くなりがちです。
マイノリティーから優秀な資源だけを選別・活用する
人材を「資源」と捉え、組織内のマイノリティーから「有用性の高い資源」を選別して、積極的に活用している状態。選ばれなかった側との差異の序列化が生まれ、マイノリティー間の断絶が深まる可能性があります。
企業のイメージアップだけを目的にする
ダイバーシティをイノベーションの創出や生産性向上などの目的ではなく、CSRやブランディングなど企業のイメージアップのために利用している状態。イメージアップに貢献しないマイノリティーを抑圧してしまう可能性があります。
ダイバーシティとインクルージョンは必ずセットで考える(D&I)
上記のような状態を起こさないためには、ダイバーシティとインクルージョンを同時に考えていくことが重要です。ダイバーシティは属性ごとの人数などによって定量化することも可能ですが、インクルージョンは定量化できないので従業員アンケートなどで浸透度を把握していくことも検討しましょう。
インクルージョンの障壁はアンコンシャス・バイアス
インクルージョンは大切な概念でありながら、組織に浸透させるのは非常に難しいものでもあります。インクルージョン推進の最大の障壁になるのは、誰もが持っている「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」です。
アンコンシャス・バイアスの例
職場におけるアンコンシャス・バイアスの具体例を見てみましょう。
- 女性は男性よりも劣っている
- ○○大学の出身者は仕事ができる
- 独身者なら長時間労働や休日出勤も平気だ
- 体育会系の人は上司の言うことに従う
- 部下が上司より先に帰るのは失礼だ
- ワーキングマザーにプロジェクトリーダーは無理だ
- 育児休暇を取得する男性は仕事の意欲が弱い
- 高齢の上司はIT技術の進化についていけない
- 雑用や事務的な仕事は若手や女性が行うものだ
- 障がい者は簡単な仕事しかできない
- 外国人は主張が強いので扱いづらい
上記のような例について、保有している本人は悪意なく、「これまでの経験から得た知見だ」「普通はそうだろう」などと考えているかもしれません。しかしこれらはすべて「先入観」「思い込み」「勝手な解釈」です。悪意の有無に関係なく、こうしたアンコンシャス・バイアスはインクルージョン推進の障壁になります。
アンコンシャス・バイアスは、採用、人材配置、昇進、評価、育成など多くの場面で組織にマイナスの影響を与えます。業務をアサインするリーダー、部下を評価するマネージャー、採用担当者などは特に自覚的になることが必要です。
【参照】気づこう、アンコンシャス・バイアス~真の多様性ある職場を~|日本労働組合総連合会
アンコンシャス・バイアスを排除する「ブラインド採用」とは
採用時のアンコンシャス・バイアスを排除する方法の例に「ブラインド採用」があります。これは、採用の選考過程で氏名・性別・年齢・学歴といった個人情報を取り除き、能力や実績だけで評価・判断する方法です。採用担当者のアンコンシャス・バイアスを排除できるため、より公平な採用が可能になります。
アメリカでは学歴や性別などに加えて、人種も採用に影響する傾向があります。アメリカのIBMの子会社がブラインド採用を導入したところ、入社した従業員が業務成績の上位を占めるようになったというケースもあります。
また、ユニリーバ・ジャパン株式会社のブランドの一つ、LUX(ラックス)の調査では、採用時において性別への先入観が無意識に存在することや、履歴書のスクリーニングの段階で履歴書に貼る写真が合否に影響していることが明らかになりました。そこで同社は「2020年3月の採用選考から性別に関する項目や顔写真の提出を排除していき、個人の適性や能力のみに焦点を当てた採用活動を、新卒・中途・いかなる採用ルートでも徹底していく」と発表しています。

ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を推進するポイント
D&Iを推進していくには、前述したようにアンコンシャス・バイアスを排除していくことが大切ですが、他にも重要なポイントがいくつかあります。
D&Iを経営戦略の一つとして捉える
D&Iは、これまでの組織のあり方や考え方を大きく変える、変革的な取り組み。個人と組織のパフォーマンスの最大化を目指すべく、経営戦略の一つとして捉えることが必要です。
2020年に経団連が行った調査では、「D&I推進により期待する経営への効果・成果を明確にしていますか? 」という質問に「何かしら定めている」と答えた企業は約6割。期待する経営効果としては、「優秀な人材の維持・獲得」「プロダクト・イノベーション」「事業環境変化に対する感応度、危機対応力の向上」などを挙げた企業が多くありました。
一方、期待する効果について「良い影響があると思うが、特に定めていない」と「定めていない」を合わせると約4割も。まずは自社でD&Iを推進する目的を明確にし、経営戦略に組み込みましょう。
【参考】「ポストコロナ時代を見据えたダイバーシティ&インクルージョン推進」に関するアンケート結果 (2020年10月29日一般社団法人 日本経済団体連合会 ) P2、P3
多様性を生かす働き方を考える
ワークライフバランスの推進も大切です。日本ではワークライフバランスという言葉が女性活躍や少子化対策の文脈で導入されたので、「仕事と家庭の両立支援」という狭い範囲で運用される傾向がありました。しかし、多様な人材が働く職場では、働く場所や時間、働き方の柔軟性を高め、仕事と個人の生活を調和させることで、業務効率や組織への帰属意識を向上させていくことが必要になります。「転勤しないと出世できない」などの暗黙のルールも本当に合理的な根拠があるのか、思い込みや先入観で維持していないか、検討してみましょう。
多様な人材を組織の意思決定プロセスに組み込む
「社内には多様な人材がいるのに、経営層は依然としてシニア男性ばかり」という組織では、D&Iの推進は困難です。あらゆる属性、異なる価値観を持つ人材にも、組織の意思決定プロセスに参画してもらいましょう。マイノリティーの意見を反映することで従業員エンゲージメントが高まったり、新たな価値を創出したりすることも期待できます。
一人一人が当事者意識を持てるようにする
従業員一人一人に「自分はどのようにD&Iに向き合えるのか」を具体的にイメージしてもらう働きかけも有効です。研修でアンコンシャス・バイアスの対処法を学んでもらったり、自社でプログラムを作成したりしてもよいでしょう。
例えば、大日本印刷株式会社が2021年2月に「ダイバーシティウィーク」を実施。「違いを楽しむ1週間。自分の意識をバージョンアップ!」をキャッチコピーとして、社内向けに「ダイバーシティウィーク」のテーマサイトを開設し、社長メッセージの発信をはじめ、18種のプログラムを展開しました。
【参考】DNP 社員の多様性への意識を醸成する「ダイバーシティウィーク」を実施
ハラスメントのない職場環境をつくる
D&Iの推進において、パワーハラスメント、セクシャルハラスメントに加え、マタニティーハラスメントや外国人差別、LGBT(セクシャルマイノリティー)へのセクシャルハラスメントなども障壁になります。ハラスメントは職場の風土や人間同士の関係性なども影響するものであり、特定の個人の問題と捉えるべきではありません。被害者vs加害者ではなく、双方にとってよい職場にしていくためにはどうすればよいかを考えることが必要です。いざというときに相談できる部署を設置する、ハラスメント防止研修を実施するなど、組織的で恒常的な取り組みを行っていきましょう。
日本企業のダイバーシティ&インクルージョン(D&I)導入事例
D&Iを推進する企業は日本でも増加しています。D&Iへの取り組みや成果を積極的に発信している2つの事例を紹介します。
株式会社日立製作所
日立製作所ではCDIO (Chief Diversity & Inclusion Officer:最高ダイバーシティ&インクルージョン担当責任者) という役職を導入。2017年に定めた「女性・外国人役員各10%」「女性管理職800人」の目標はすでに達成し、新たに2030年度までに役員層における女性比率および外国人比率を30%とする目標を設定しました。ちなみに、CDIOを務めるロレーナ・デッラジョヴァンナ氏は、日立で初の女性の執行役常務です。「ダイバーシティ&インクルージョンステートメント」は以下のように記されています。
ダイバーシティはイノベーションの源泉であり、日立の成長エンジンです。性別・国籍・人種・宗教・バックグラウンド・年齢・障がいの有無・性的指向といった違いを「その人がもつ個性」と捉え、それぞれの個性を尊重し、組織の強みとなるよう生かすことで、個人と組織の持続的成長につなげることが日立のダイバーシティ&インクルージョンです。多様な力を結集し、優れたチームワークとグローバル市場での豊富な経験によって、お客さまの多様なニーズに応えていきます。
【引用】ダイバーシティ&インクルージョン戦略|株式会社日立製作所 P2
【参考】ニュースリリース 2021年4月20日│株式会社日立製作所
株式会社三井住友フィナンシャルグループ
三井住友フィナンシャルグループでは、ダイバーシティ&インクルージョンを「成長戦略そのもの」と位置づけています。持ち株会社である三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)を中心としたグループベースでのD&I推進強化のため、2016年に「SMFGダイバーシティ推進ワーキンググループ」を立ち上げ、翌2017年に「SMFG人事部 ダイバーシティ推進室」として専任組織化。2018年からは「SMFGダイバーシティ推進委員会」を設置し、委員長はSMFG社長、委員は主要グループ各社の頭取・社長が務めています。経営トップによる強いコミットメントの下、グループ全体でダイバーシティ推進を加速させています。
【参考】株式会社三井住友フィナンシャルグループ ダイバーシティ&インクルージョン

ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)経営推進に大切な「当事者意識」
日本の社会に定着した「ダイバーシティ」という言葉ですが、経営として推進・成功させるには「D&I経営」として主体的に推進することが必要不可欠です。
取り組むにあたっては、表面的な指標や、形式的な制度を追うことで終わってしまわないよう、まずは経営者をはじめ社員一人一人が当事者意識を持って、インクルージョンの重要性について考えてみることが第一歩。どの会社にも当てはまるような「正解」がないからこそ、他社の成功事例を知るだけでなく「自社にとってのD&Iとはどんな状態であるか」を考えることが大切でしょう。
彼はどのように育てられ、鬼退治という偉業を成し遂げたのか?

変化の激しい今の時代には、桃太郎のようなリーダーが必要ではないでしょうか。 いつもと視点を変えて、この昔話「桃太郎」のおじいさん・おばあさんから、桃太郎のような「リーダー」の育て方を学んでみませんか。