「日々タスクに追われて、終業後も気持ちが休まらない」「ミスを次の日まで引きずってしまう」などが原因で、パフォーマンスが落ちている社員がいるかもしれません。
気持ちの切り替えがうまくできればいいのですが、心は自身でコントロールするのが難しい領域です。
そこで、大企業を中心に、心とうまく向き合う方法として「マインドフルネス」の導入が増えているようです。マインドフルネスを適切に取り入れることで、「社員の業務効率がアップした」「マネジメント能力が向上した」といった成果も報告されています。
今回は、マインドフルネスとは何かを説明するとともに、ビジネスシーンにおいて期待される効果や、導入のポイントについて紹介します。また、マインドフルネスの導入によって効果を上げた企業の事例も紹介します。
マインドフルネスとは
マインドフルネスは心を整える方法の一つで、仏教の「瞑想」がベースにあります。マサチューセッツ大学医学部名誉教授のジョン・カバットジン博士が「マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」として1979年に発表したことで世に広まったとされています。
マインドフルネスの効果は「日常生活における不安やストレスの軽減」はもちろん、「アスリートのメンタルケア」や「精神疾患の治療」など広い分野で認められています。
マインドフルネスは、端的にいえば「今この瞬間」に意識を集中することです。集中することに対して「できた」「できなかった」の判断はせず、「今この瞬間」をあるがままに感じます。結果を求めるものではなく、プロセス自体がマインドフルネスの一部と考えるといいでしょう。具体的には次のようなロジックになります。
- 今この瞬間の体験や気持ちに判断を加えず、あるがままに気づく
- 「今」に集中することで、「過去の失敗」や「未来への不安」などからいったん離れることができる
- 結果的に不安を和らげることにつながる
科学的には、脳の働きに作用することが明らかになっています。私たちは一見ぼんやりしているようなときでも、意識せずに脳を働かせている場合があります。例えば、「食事中に仕事のことを考えていたら、味や満腹感を感じる暇もなく、気づいたら食事が終わっていた」といった経験がある人は少なくないでしょう。このような「無意識に脳が活性化している」状態、いわゆる「脳の過剰な活動」を抑えるためにマインドフルネスが効果的であることが実証されています。また、マインドフルネスは脳の過剰な働きを抑えることで、オン・オフの切り替えをしやすくする効果も期待できます。
上記の効果を得るためのマインドフルネスの手法として、代表的なものは「瞑想」ですが、ウォーキングやジョギング、食事、水を飲むなど、日々の生活のなかでその行動ごとに、周囲の状況や自分の心や体に意識を向けることもマインドフルネスといえます。
ビジネスシーンでも注目されるマインドフルネス
もともと、マインドフルネスのベースとなる瞑想法は、アメリカにおいて一般市民にも実践できるように改訂されていき、上述した「マインドフルネスストレス低減法(MBSR)」の開発などにより、ストレスマネジメントへの効果が実証され、さらに注目を集めました。
その後、マインドフルネスは日本にも伝わりますが、日本においてマインドフルネスが大きく注目された理由の一つは、「企業が抱える慢性的な問題」への効果が期待されたためです。
なかでも、社員に対するメンタルケアの必要性は高まっており、企業が取り組むべき課題として注目されています。
職場において高まるメンタルケアの必要性
厚生労働省の「平成30年 労働安全衛生調査」によると、メンタルヘルス不調による休職者や退職者の割合は以下のような結果となっています。
過去1年間に、メンタルヘルス不調により
- 連続1か月以上休業した労働者がいた事業所…6.7%
- 退職者がいた事業所…5.8%
(派遣労働者は含まれない)
また、「現在の仕事や職業生活に関することで、強いストレスとなっていると感じる事柄がある」と答えた労働者の割合は 58.0%と6割近くに上ります。
自社の大切な社員が、メンタルヘルス不調やストレスによって休職、もしくは退職するリスクは低くないことが分かります。
さらに、新型コロナウイルス感染症が拡大するなかでテレワークが増えたことにより、社員の心理的なストレス増加も浮き彫りになっています。
例えば、
- 社内評価やキャリアに対する不安増加
- 相手の気持ちがわかりにくく不安を感じる
- 業務上のやりとりに支障が出ている
- さびしさや疎外感を感じる
上記のようなストレスを抱える社員が、テレワークによって増えていると考えられます。
(参考:テレワークをめぐる現状|厚生労働省)
テレワークは「通勤時間の減少」や「業務効率化」というメリットがある反面、一部の社員の労働時間がかえって増加していることや、社内コミュニケーション不足なども課題として明らかになっています。
このように、さまざまな背景から、企業が社員のメンタルケアに注目する必要性が高まっています。
ビジネスシーンにおけるマインドフルネスの効果
マインドフルネスを効果的に行うことで、ビジネスシーンにおいては以下のような効果をもたらすと考えられます。
ストレスを軽減することで仕事に集中できる
「今」に意識を向けるマインドフルネスは、過去の失敗、未来に対する不安といった雑念を取り払うことにつながり、それにより、今目の前にある仕事に集中しやすくなります。また、ネガティブな感情とうまく付き合えるようになるため、セルフマネジメント能力も向上すると考えられ、企業としては、メンタルヘルス不調による人材の損失を防止することにもつながります。
その他、集中力が高まることで、ここぞというときにベストパフォーマンスを発揮しやすくなったり、新しいアイディアが生まれやすくなったりする効果も期待できます。
自己肯定感が高まることで、仕事に前向きに取り組める
マインドフルネスを行うことは、今この瞬間における、ありのままの自分を受け入れる訓練と考えるといいでしょう。ありのままの自分を受け入れることで、自己嫌悪感や後悔などが軽減され、自己肯定感が高まります。自分の長所や才能も認識しやすくなるため、強みを生かして前向きに仕事に取り組むこともできるでしょう。
客観的な視野が持ちやすくなるので、周囲との関係が良くなる
ありのままの自分を受け入れることで、自分自身を客観視する姿勢が身につくと考えられます。それによって自分の考えに固執することが減り、発想力が柔軟になります。結果的に「周囲と意見がぶつかることが減る」「複数の意見を調整する力が増す」などの効果が期待できます。
マインドフルネスを自社で取り入れる場合のポイント
自社でマインドフルネスを取り入れる場合のポイントを3つ紹介します。
マインドフルネスを取り入れる目的を明確にする
マインドフルネスを導入する際は、「誰に」「どんな目的で」実施するのかを明確にしましょう。
- 業務負担が大きくなりがちな管理職のセルフマネジメントのため
- メンタルケアを望んでいる社員に向けて実施するために、年次、職種を問わず希望者を募る
- 新入社員が新しい環境に委縮せずパフォーマンスを発揮できるよう、新入社員研修のなかで行う
など、目的や対象者を決めましょう。
また、マインドフルネスはメンタルケアに効果を発揮しますが、正しい方法で行わないと、むしろ心身の状態を悪くする懸念もあるため、社内に取り入れる際には専門家にサポートしてもらうとよいでしょう。
継続的にマインドフルネスを実施できる環境をつくる
瞑想を中心としたマインドフルネスは、継続的に行うことで効果が高まっていくといわれています。そのため、社内でマインドフルネスに関するトレーニングや研修を行う場合、短時間のものを複数回実施するなど、社員が普段の生活のなかで継続的に取り入れていけるような工夫が必要です。
マインドフルネスを継続的に行い、社内に浸透させるためには、普段から就業前や会議前にマインドフルネスを実施する、瞑想ルームを作るなどしてマインドフルネスを実施しやすい社内環境を整えるのもよいでしょう。
効果測定を行う
施策として導入するのであれば、効果測定が重要です。もし、思ったように導入効果が得られない場合は、「プログラムの改善や再検討が必要」といった判断ができます。
マインドフルネスの効果測定としては、2003年にBrown & Ryanによって開発された「MAAS(Mindful Attention Awareness Scale)」が活用できます。MAASは15の項目に対し自身の心持ちを「ほとんどない」から「ほとんどある」の6段階で採点し、その平均値で心の状態を測定するものです。15の項目は次のように、日常生活と関わる内容ばかりです。
テレワークでマインドフルネスを取り入れる方法
テレワークでもマインドフルネスを取り入れる方法として、ここでは2つのワークを紹介します。
ジャーナリング
5分や7分などの時間を定め、与えられたテーマについて書き続けるワークです。「自分が喜びを感じるときは」「仕事や人間関係に疲れてしまう原因は」など内面を掘り下げるテーマや、「もしも1年間自由になるとしたらやってみたいこと」「1億円当たったら何をする」と想像を膨らませるなど、テーマは自由です。
悩んだり手を止めたりせずに、頭に浮かんだことを書き出していくことがポイントです。終わったら見返すことで、気づきや新たな発見が得られ、今の自分の思考や気持ちをより深く観察できます。
自分の内面を掘り下げることで、今の自分が「何に対してポジティブな感情を抱くのか」「何に対してネガティブな感情を抱くのか」といったことを客観的に把握できます。例えば、仕事においては、得意な業務や苦手な業務を知ることで、自ら業務を調整したり取捨選択を行ったりできる場合もあり、仕事を進めやすくなります。
1人で行っても有効なワークですが、対面で行うときは、書き出したものを互いに見せ合い、「対話によって振り返る」「意見交換によって違った視点に気づく」方法で進めるとよいでしょう。
レーズン・エクササイズ
レーズン1粒を、集中して食べるエクササイズです。レーズンの見た目、匂い、触感、味、のど越しなどを深く感じます。自分の視覚や嗅覚、味覚といった五感に意識を集中することで、食べている「今」に心を向けるワークです。レーズン以外にも、小さめの梅干しといった他の食材でも代用できます。
対話や意見交換を取り入れたワークもありますが、自己の心の「状態」に目を向けることが本質ですので、それらは必須ではありません。個人で行うため、テレワークでも実施しやすいといえるでしょう。
マインドフルネスの注意点
注目されるマインドフルネスではありますが、最初は「瞑想しても雑念ばかり浮かんでしまう」「効果が表れない」といった状態に陥ることが多いかもしれません。
そういった場合に、うまくできないことを落ち込んでしまっては逆効果となるため、自社でマインドフルネスを取り入れる場合は、「うまくできないとき」「落ち込んだとき」などへの対処法についても、研修や専門家を通じて周知していくことが重要です。
また、マインドフルネスは心の状態を「今」に向けるための手法であり、過去の失敗や将来の不安にとらわれた心をニュートラルにするものです。結果的に「仕事における集中力の高まり」といった効果が得られることが分かっていますが、それらは副次的な効果であると認識しておくことが大切です。
マインドフルネスの成功事例
マインドフルネスの導入によって、実際にはどのような効果を得られるのでしょうか。ここでは、ヤフー株式会社のケースを紹介します。
同社は2016年より、1回60分×7週間のマインドフルネス・プログラムを実施し、延べ1,500名以上が参加しています。このプログラムでは、7週間かけて「ストレッチ」や「ジャーナリング」などを含めたさまざまなワークを体験し、マインドフルネスの理解を深めます。
本プログラムは、もともと社員のリーダーシップ向上を目的に導入されたものです。しかし、2年後の効果測定によって、プログラム参加者は「プレゼンティーイズム」の数値が改善していることが分かりました。「プレゼンティーイズム」とは、出社していても何らかの不調によって、頭や体が思うように働かない状態のことで、不調のために業務パフォーマンスが低下していていると考えられる状態です。
マインドフルネスの実施者と未経験者を比較したところ、次のような結果が出ました。
- 実践者は、未経験者と比較してプレゼンティーイズムが約20%改善
- 週3日以上の実践者は、未経験者と比較してプレゼンティーイズムが約40%改善
この結果を受け、同社はマインドフルネスを「メンタルヘルス対策」の一つとして継続的に実施しています。
参考:ヤフー株式会社「従業員の健康」
日経BP総合研究所「ヤフーが取り組むマインドフルネス研修とは? 」
マインドフルネスの効果を知って導入を検討しよう
マインドフルネスを効果的に実施できれば、社員のメンタルケアに有効なだけでなく、仕事への向き合い方やパフォーマンスにも良い影響を与えることが期待できます。
ただし、マインドフルネスを実施する際は、正しいやり方で行うことが大切です。効果やワークについて正しく理解することで、より高い効果が期待できるため、専門家のサポートを受けながら導入していきましょう。
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耳慣れた「フィードバック」ですが、方法を間違えると逆効果になってしまうほど、実は「取り扱い注意」な情報提供の方法でもあるのです。 フィードバックの効果を高めるための大切なポイントを徹底解説します。