
取材対象者プロフィール岸野 寛氏
東京ガス株式会社 常務執行役員
明治18(1885)年、渋沢栄一らの尽力により東京府から瓦斯(ガス)局の払い下げを受け、「東京瓦斯会社」として誕生した東京ガス株式会社。創立から130年以上、社会インフラ事業者として、社会の持続的発展に貢献することを目指し、事業活動を行ってきました。技術革新や人口構造の変化、環境問題に対する世界的な関心の高まりなど、エネルギー産業を取り巻く環境は刻々と変化しています。2011年の東日本大震災を機に抜本的なエネルギー規制のあり方が問われた日本社会において、東京ガスはその変革にどのように対応し、変化に挑み続けていくのでしょうか。「エネルギーの自由化」によってもたらされた経営戦略と、それにともなう人事戦略の変化について、常務執行役員の岸野寛氏に、ビズリーチ代表取締役社長の南壮一郎が話を伺いました。
本記事は、株式会社ビズリーチの創業10年を記念して運営していたWebメディア「FUTURE of WORK」(2019年5月~2020年3月)に掲載された記事を転載したものです。所属・役職等は取材時点のものとなります。
創業以来、最も大きな変革の真っただなかにいる

南:エネルギー業界は、この10年で最も大きな変革が起こった業界の一つだと思います。まずは、2016年の電力小売全面自由化、そして2017年の都市ガスの小売全面自由化に至った背景について、教えていただけますか。
岸野様(以下、岸野):ご存じの通り、日本におけるエネルギー自由化は1995年から政府主導で段階的に始まりましたが、家庭用のエネルギーは今まで競争下にありませんでした。しかし、東日本大震災を機に一気に加速し、家庭用も含めた「小売全面自由化」へと向かったのです。電力業界とガス業界は、歴史的にも規制緩和が同じように推移してきましたので、2016年の電力小売全面自由化の翌年の2017年に、ガスは小売全面自由化しました。
南:日本の「エネルギー自由化」は、世界から見ると遅いのでしょうか。
岸野:遅いですね。例えばイギリスは、1980年代のサッチャー政権時代に「小さな政府」を掲げ、国営の水道、電気、ガス、通信、鉄道、航空などの事業民営化を推し進めました。1990年代にはドイツをはじめ多くの欧州の国々で自由化が進んでいます。電線やガス管自体の運用は規制下でなければ難しいものの、それを使った電力やガスの供給については事業者がいれば新規参入できます。
南:2017年から導入された「家庭用も含めたガスの自由化」は、御社にどのような変化をもたらしていますか。
岸野:当社の家庭用ガスは売上高、利益額ともに一定の規模を占めており、自由化のインパクトは非常に大きいです。特に2018年以降、電力会社や石油会社がガス領域への進出に力を入れ、他の都市ガス会社からの新規参入も増えています。人口減少が進む日本においても、東京への人口流入は減ることはなく、世帯数も増えています。他社が東京でのビジネス展開を目指すビジネスメリットは多分にあり、大変な競争になっています。
南:御社の長い歴史のなかでも、大変革の時期にあたるのですね。
岸野:まさにその通りです。明治18(1885)年の創業からこれまでの間で、当社のガスのお客さま件数が減少したのは関東大震災と第2次世界大戦の2度のみで、それ以外は順調に事業規模を拡大してきました。それが「エネルギー自由化」によって3度目のガスのお客さま件数減少の危機にさらされており、大変革の最中と言えるでしょう。
南:大変革中の不透明なビジネス環境において、御社はどのようなことに力を入れているのでしょうか。
岸野:「ガスと電気のセットプラン」の提供に力を入れていますが、これは電力会社をはじめ、各社が同じことをすれば、価格競争に陥ることは避けられません。つまり、サービスによる差別化が必要になります。
南:御社の電力販売件数が順調に伸びているというニュースを目にしておりますが、短期的には売り上げ拡大でこの自由化時代をリードし、今後はさらに戦略を変化させていくということですね。
岸野:はい。これまでガス業界は、事業拡大を促す先進的なガス機器や設備をメーカーと協力して開発し、それらの普及とともにガス需要を広げてきました。機器や設備の進化により、台所の火からお風呂の給湯、床暖房、さらにはご家庭での自家発電までもがガスからできるようになり、一世帯あたりのガスの使用量は増え、収益を伸ばすことができました。ただ、こうしたビジネスモデルへの投資ができたのは、一度ご契約いただいたお客さまが30年、50年と非常に長い期間ご継続いただける、という前提があったからです。
ガスそのものは、どの会社が供給しても同じです。「東京ガスだから提供できるサービス」を生み出し、お客さまに選ばれ続ける会社でいるためにも、われわれは新たなビジネスを創出し、どこにどれだけ投資していくべきかを見極めていかなければなりません。今やお客さまは自分が好きなエネルギーを「選び」、ときには「自給自足」し、さらには「投資する」こともできるようになりました。機器・設備・技術だけではなく、「ビジネスモデル」自体を見直し、さまざまなビジネスパートナーとの協業等により新たなサービスを共創することで差別化を図るなど、新たな戦略が必要不可欠です。
「フリースタイル採用」の導入で、業界に風穴を開けたい

南:歴史上、例を見ない業界変革のなかで、活躍する人材も多様になるでしょう。人材採用の戦略はどのように考えていらっしゃいますか。
岸野:業界変革が進むなか、社会を支えることに加えて、大きな変革を起こすことも求められます。そこで、「自ら切り拓き、変えていくことを楽しむ」特性を持った人材をいかに採用するかということにチャレンジしています。そのため、「東京ガスなんて興味がない」という人材にも目を向けた採用活動を行っています。
中途採用で力を入れているのは、新たなエネルギー戦略に向けた、業界の知識を持った即戦力人材の採用です。われわれが掲げた、2018年度から2020年度の中期経営計画のキーコンセプトは「GPS(ガス&パワー+サービス)×G(グローバル)」です。例えば、「P」にあたる「パワー」に関していうと、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー事業の拡大は欠かせません。これまでの東京ガスにはいない経験・知識を持った専門性の高い即戦力人材が、新たなエネルギー戦略の推進には必要なのです。
また、新卒採用については、2017年より「フリースタイル採用」という枠を設けました。従来の選考プロセス方法とは異なり、60分間のプレゼンテーションのみで採用を決めるチャレンジングな取り組みです。まだ始めて数年ですが、これまでに合計7名の社員がフリースタイル採用で入社し、当初の狙い通り、さまざまな経験と多様な価値観を持った学生を獲得できました。社員相互の交流を通じ、社内でどのような化学変化が起きていくのかが楽しみです。

南:興味深い取り組みですね。彼ら、彼女らが事業にどんなインパクトを今後与えていくのか、私も注目していきたいです。そして今や、特に中途採用領域においては、あらゆる業界において「本業とは違う領域で活躍していた人材」を獲得すべく、採用競争が激化しています。技術革新が猛烈なスピードで進み、かつては30年かかっていたイノベーションが5年で実現されていくような時代です。新入社員とその育成に関わるリーダーや既存社員のあり方を変えていかなくては、ビジネスのスピードが追いつかないでしょう。「採用」も大変ですが、多様な人材の入社後の「育成・マネジメント」もまた、あらゆる現場のリーダーたちを悩ませています。
岸野:まさにその通りですね。どのような専攻やバックグラウンドであれ、当社の事業の根本になるのは公益性であり、時代がどう変化しようとも責任感と使命感は欠かせない要素です。一方、変化の激しい時代のなか、従来のやり方にとらわれずに新しいサービスを生み出し、既存の事業を改革していくことも求められます。つまり、これまで以上に多様な人材が必要であり、お互いの多様性を認め合える環境が重要になってきています。各社員の強みや個性を伸ばし、業務を通じて成長できるフィールドを整備しつつ、今後の事業で必要不可欠なデジタル人材やグローバル人材を育てるために、研修をはじめとする人材育成制度の強化も進めています。また、生き生きと能力を発揮できるよう、多様な働き方の推奨に取り組んでいます。
異業種コラボレーションのカギは「ヒト」

南:社会が発展してきた背景には、エネルギーの存在が欠かせません。御社が創業以来世の中へ与え続けたそのインパクトは、一ベンチャー企業には考えられない規模感です。そのような御社がこの先の未来に目指す姿について、ぜひお聞かせいただけないでしょうか。
岸野:エネルギーは人々の生活やあらゆる産業のベースとなり、影響力は大きいものです。そのため、2050年に向けて、世界がCO2の排出ゼロを目指していくなか、一エネルギー会社としてやるべきことがたくさんあります。天然ガスはCO2排出量が少なく、また、不安定な再生可能エネルギーと相性が良いため、その重要性はますます高まると想定されます。そこでまず、上流投資や海外でのLNGインフラ開発を一層推進していきたいと考えています。一方、CO2を排出しない再生可能エネルギーについても、2019年4月にフランスのエネルギー事業者とメキシコで陸上風力発電、太陽光発電などの再生可能エネルギー開発事業に取り組むことに合意し、プロジェクトをスタートさせました。
再生可能エネルギーは、風力であれば風が吹かないと、太陽光であれば曇りが続くと、エネルギーが作れないという不安定さがあります。今後は、不安定な再生可能エネルギーの「発電量予測」や、供給が不足した際の「他の電源でのバックアップ」「需要側の節電」といった新たなエネルギー価値の提供も重要になっていくと思うのです。そこにはこれまでのエネルギーを安定的に安全に提供する技術に加えて、「IT・デジタル」というキーワードが欠かせないでしょう。
南:ITは、業務フローにおいて、圧倒的な効率化や合理化を促しコスト削減を実現できるイノベーションツールです。効果的に活用できたならば、エネルギー業界に大きなインパクトを与えられそうですね。

岸野:お客さまの利便性を高めるうえでも、調達から販売を正確かつスピーディーに進めるうえでも、ITによる効率化は欠かせません。
世界の環境問題にどう取り組むか、社会にどう貢献していくかというマインドは大切にしながらも、生き残る企業となるためには、海外事業やデジタル事業など、新規事業への挑戦も同時にしなくてはなりません。先ほどお話しした「フリースタイル採用」をはじめ、先例にとらわれずに取り組んでいく風土も、この数年で着実に醸成できていると考えています。
南:これまでタッグを組んでこなかった領域同士のコラボレーションは、あらゆる業界で新しい価値を生み出しています。そういう意味では、
私は「本業とは違う領域の人材」を獲得するための人材戦略の一つとして、「副業・兼業人材の受け入れ」をお勧めしています。
岸野:自社の社員に対し副業・兼業を促進するのではなく、外部から副業・兼業人材を採用し、自社で働いてもらうということでしょうか。
南:そうです。例えば、新規事業プロジェクトのメンバーとして、プロフェッショナル人材を副業・兼業枠で採用し、週に1回、期間限定で受け入れるとしましょう。ITのプロフェッショナルが、エネルギー業界のような巨大なインフラ産業の仕事に携われるチャンスはそうそうありません。しかも、現職の企業に所属しながら、副業として「エネルギー×IT」の新規事業プロジェクトに参加できるのであれば、手を挙げる人は多くいるはずです。
働く個人にとっては、実践的なリカレント教育(義務教育や基礎教育を終えて労働に従事するようになってからも、個人が必要とすれば教育機関に戻って学ぶことができる教育システム)の機会となり、その人の知識の深化やキャリアアップにつながりますし、受け入れる企業からすると、低リスク・低コストで、さまざまな領域から即戦力人材を集めることができます。また、既存社員が「副業・兼業」の外部人材から得られる刺激も、彼らのモチベーションやイノベーションにつながることなどが期待できます。最近、私はプロフェッショナル人材による「副業・兼業」を「社会人インターン」と勝手に表現しています。
岸野:なるほど。優秀な人材を確保・育成するうえで、企業が社員に成長機会を提供する必要がある一方、労働寿命が長くなるなかで、一企業だけで、その環境を提供し続けるのには限界があるかもしれません。「副業・兼業」という働き方によって、個人自らがさまざまな場で学びの機会を持ち、「学び続けることができる」というのは、非常に面白いですね。人材の確保の手法も、「新卒採用」や「中途採用」といったこれまでの概念にとらわれずに、多様な雇用形態・育成方法を検討する必要があると感じています。
エネルギー業界は、今までにない規模での大変革が起こり始めています。スケールの大きさゆえに変化が進みにくかったところへ、柔軟なアイデアをぶつけて大きな変化を起こさなくてはならないフェーズに入っています。弊社としても、エネルギー業界のトップランナーとして変革を先導し、日本のみならず世界に貢献していきます。そのためにも、ぜひ新しい風を起こせる変革者に飛び込んできてほしいです。

岸野 寛 様 略歴
1985年、東京大学卒業。同年、東京ガス株式会社入社。1992年、IMD(スイス)にてMBA取得。2009年に海外事業部長、リビング企画部長などを経て、2017年に常務執行役員就任。2019年4月より人事部、秘書部、総務部、広報部、サステナビリティ推進部を担当。
取材・文:田中 瑠子
カメラマン:渡辺 健一郎
記事掲載:2019/11/21
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