2023年3月30日、株式会社ビズリーチは「事業と従業員の成長をともに達成する セイコーエプソンの人材戦略」と題したWebセミナーを開催しました。セイコーエプソン株式会社の立森亮様にご登壇いただき、2025年に向けたセイコーエプソンの長期ビジョンや5つのイノベーション分野における採用戦略などについて、具体的なメソッドを含めてお話しいただきました。モデレーターは、HRエグゼクティブコンソーシアム代表の楠田祐様に務めていただきました。

登壇者プロフィール立森 亮氏
セイコーエプソン株式会社 人事部 部長 健康経営推進部 部長
2013年~2018年までシンガポールへ、最初の2年間は販売現地法人、その後2年間は製造現地法人でアドミニストレーション全般の管理職として着任。2018年に帰任し人事の賃金・労政担当の課長を経て、2021年7月より人事部と合わせて健康経営推進部の部長として各種対応中。

モデレータープロフィール楠田 祐氏
HRエグゼクティブコンソーシアム 代表
中央大学大学院戦略経営研究科(ビジネススクール)客員教授を7年経験した後、2017年4月、HRエグゼクティブコンソーシアム代表に就任。2009年から6年連続で年間500社の人事部門を訪問し、人事部門の役割と人事担当者のキャリアについて研究。
セイコーエプソンの会社概要
セイコーエプソンは、1942年に時計の製造業からスタートした会社です。
長野県諏訪市に本社を設け、長野県内に、車の移動で1時間の範囲で多くの事業所を行き来できる特徴があります。

エプソングループは、国内19社、海外61社で構成され、売り上げで見ると、日本、米州、ヨーロッパ・アフリカ・中東、中国・アジア・オセアニアの4エリアで、4分の1ずつを占めています。

2022年に創業80周年を迎えたセイコーエプソン。時計の製造から始まり、現在はプリンティング事業を主軸に、プロジェクターなどのビジュアルコミュニケーション事業、時計やロボット、マイクロデバイスなどのマニュファクチャリング関連・ウエアラブル事業を手掛けています。


プリンティングソリューションズ事業において、ホームにお届けすることを維持しながらも、BtoB領域の強化など、事業内容の革新が欠かせません。そうした状況も踏まえ、「持続可能でこころ豊かな社会を実現する」に向けて、エプソンが将来にわたって追求していくありたい姿を示した2025年に向けた長期ビジョンである「Epson 25 Renewed」を発表しました。
「省・小・精の技術」とデジタル技術で人・モノ・情報がつながる、持続可能でこころ豊かな社会を共創することを目指したビジョンです。

今後の収益性の確保と将来成長を目指すためには、成熟領域である「ホームプリンティング」「プロジェクション」「ウオッチ」「マイクロデバイス」だけでなく、「オフィス、商業・産業プリンティング」など、成長領域に経営資源を投下する必要があります。さらには「センシング」や「環境ビジネス」などの新領域への取り組みも加速させていかなくてはいけません。

イノベーションを生み出すために5つの領域を設定し、成長領域を伸ばす事業戦略を推進していく―。その決意のもと、長期ビジョンを制定しています。

経営戦略の実現に向けたエプソンの人事戦略
では、セイコーエプソンの新たな価値創出のために、人事戦略をどう組んでいるのか。具体的な取り組みをご説明します。
まず、私たちがどんな形で社会に貢献していきたいのかを社内外に伝えていくために、2022年9月に「私たちのパーパス」を制定しました。
「『省・小・精』から生み出す価値で人と地球を豊かに彩る」という内容です。
大きいこと、量が多いことだけが豊かさではなく、「省くこと、小さくすること、精緻さを突き詰めること」こそが、自然環境にやさしく、人々のこころを豊かにできるもの。そう信じてものづくりを続けてきたセイコーエプソンの思いが、パーパスに込められています。

長期ビジョンやパーパスの実現に向けては、環境や社会課題の解決ニーズなど、時代によって変わる状況をしっかり捉えたうえで、人材戦略に落とし込むことが大事だと考えています。

さらに、エプソンは信州で生まれ、地域に根ざした「ものづくり企業」として創業以来80年間発展してきたことを伝える意味で、「信州から、世界に彩りを。」というメッセージ発信も行っています。前述したとおりセイコーエプソンでは長野県内に多くの事業所があり、社員が働いているなどの特徴もあります。

考え方の土台となるのは、事業の成長と従業員一人一人の成長をともに達成し、「持続可能でこころ豊かな社会の実現」を目指すというもの。そのために、「人材育成」「人材マネジメント」「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」「働きやすい職場環境」「健康経営」の5つの領域を中心に内容を紹介します。
「人材育成」では、既存メンバーがしっかり成長し、環境変化への対応や期待値を自ら考え行動するために、内的な価値を高めていくアプローチが重要だと考えています。
「人材マネジメント」の観点では、イノベーションが必要な変革すべき領域について、外部から適切な人材が加わることも重要です。そして「DE&I」において、内部と外部の多様な人材が接点を持ちながら、お互いに尊重して連携する姿勢が大事になるでしょう。
しっかり価値を発揮できる「働きやすい職場環境」があってこそ、個人・組織ともに生産性を高め、イノベーションが生まれる働き方が整います。そのベースにはこころとからだの健康があるという「健康経営」を軸に、新たなイノベーション戦略を立てていきます。

人材育成
人材育成の観点では、専門教育と知識・経験の幅を広げる「ローテーションの加速」を進めています。
ローテーションの目的は、事業環境の変化にスピード感を持って対応できる力を醸成することです。信州圏内で物理的に事業間異動が容易という強みを生かし、個人のキャリア希望に応じたローテーションを積極的に展開しています。
具体的な施策として、リーダー級(下図のSSF)や管理職(基幹社員)ポジションへの昇格試験を受ける前に、ローテーションを要件に入れることで加速を促しています。
また、手挙げで異動を希望する際の上司確認を撤廃し、異動元の職場への要員補充も並行して実施しています。

人材育成では、「自ら考え行動する、自立・自律した社員」の成長をサポートしています。上司と部下、それぞれの研修機会を設け、良質なコミュニケーションができる関係作りを進めています。
リスキリングも、人材育成の重要な要素として捉えています。
事業間の転換における事業内容の学び直しや、既存事業内でのスキルアップ、新卒・中途入社者の早期活躍につながる教育制度などを強化。社内公募やローテーションによる流動人材にいかに早くパフォーマンスを発揮してもらうかが、事業成長に大きく影響すると考えています。
人材マネジメント
人材マネジメントでは、成長領域におけるスペシャリストの獲得が重要なミッションです。
私たちが求めるのは、パーパス・長期ビジョンに定めた事業の方向性をベースに、広い視野、高い専門性を持って変化に素早く対応し、お客様の立場になって自立的・自律的に顧客価値を創出できる人材です。
そんな人材を採用するためには、新たなビジネスモデルの確立に必要となる人材要件を定義し、グローバルベースでの人材ポートフォリオの策定を目指すことが重要です。
実際のキャリア採用の入社数推移やその中身を見ていくと、DX/CRM、戦略推進人材の 採用が特に困難であり、事業や業務に関心があっても勤務地がネックとなるケースが少なくありません。
そこで、DX/CRM、戦略推進を担うハイクラス人材を中心にダイレクトリクルーティングを本格導入。職場が直接採用活動に参画することで、紹介を「待つ」活動から、能動的・積極的に人材をスカウトする活動へ変化を促しています。
また、「信州から世界へ」つながり働ける点を訴求し、信州の豊かな自然を紹介しながらワークライフバランスがとれた働き方ができる点も泥臭く伝えています。

DE&I
DE&Iでは、社員の意識のなかにどのようなマジョリティもマイノリティも存在させない会社風土や文化を立ち上げたいと考えています。私たち自身が多様であり、かつ多様な人材が能力を最大限発揮できる企業文化の醸成は欠かせません。
現時点では、ジェンダーギャップの課題はまだまだ大きいので、女性係長級・管理職比率10%という数字目標を立て、ワークライフバランスとマネジメントへの挑戦を両立できる環境作りを進めています。

働きやすい職場環境
働き方の多様化施策は、COVID-19などの社会環境の変化を踏まえ拡充させてきました。
コロナ禍以前は在宅勤務制度がなかったのですが、今では制限なしで働く場所の選択肢も広がっています。時間単位の有給休暇の導入や、コアタイムなしのフレックスタイムの適用も進みました。
今後も、維持ではなくさらなる進化に向け、制度の洗練と拡充が欠かせません。
イノベーションを生むためには、働き方も新しい発想で考える必要があります。副業・兼業、ワールドワイドを含めたロケーションフリーなど、進化した制度を作っていきたいと考えています。

働き方の選択肢を広げることは、自ら考え周りと連携しながら価値を生んでいける人材育成につながります。リモートとリアルの最適な組み合わせで価値を発揮する、ハイブリッドなワークスタイルを作っていくことが重要になるでしょう。
健康経営
健康経営では「健康Action2025」を制定し、(個人の)こころとからだの健康と職場の健康を重点分野として掲げ、中期的な推進施策を展開しています。
社員一人一人が健康的な生活習慣行動やストレスマネジメントを実践するなど、自律性を醸成すると同時に、職場での労働時間やメンタル不調者の管理・チェックなど、チームでいきいき働く職場風土を醸成することを相互に進めていきます。

組織風土
ここまで紹介した5つの人材戦略を支えるのは、組織風土だと思っています。

組織風土作りでは、自由闊達で風通しのよいコミュニケーション環境醸成に向けて、定期的に全社で個人・組織のアセスメントを実施し、全社目標に向けて施策を推進しています。

人事戦略を具体的な数値KPIできちんと追っていくとともに、今後の取り組みとしてやるべきことも山積しています。
まずは、グローバルベースでの人材ポートフォリオ(組織開発、要員戦略、人材活躍)を作っていくこと。そして、まだまだ遅れている人事領域におけるDX推進も急務です。人材成長の点では、組織を牽引する「リーダー(マネージャー)」の在り方を明確化し、育成・研修の充足も図っていく必要があると考えています。
トークセッション
セミナー後半には、立森氏、楠田氏によるトークセッションを行いました。
楠田:非常に興味深いお話をありがとうございました。
セイコーエプソンさんは60歳定年としながら、65歳までの再雇用制度を設けていらっしゃり、さらには65歳以降も再雇用制度を新たに作られています。
これは、ものづくりの会社ならではの「エンジニアの技術伝承」という意味合いが強いのでしょうか。
立森:理系・文系を問わず、再雇用制度の対象ではあります。ただおっしゃるように、ものづくり領域ではスキル経験の豊富な人材は60歳以上に多くいらっしゃり、機械設計職などは事業推進上、欠かせません。オペレーションの安定化のために、ぜひ65歳以降も働き続けてほしいという背景はありますね。
楠田:メーカーでは定年を廃止するところも増えています。セイコーエプソンさんのようなものづくりの会社は、定年をなくし、個別のタレントマネジメントを行う方向へ準備していってもいいのではないか、とも思います。
立森:そうですね。他社がどのように定年廃止を進めていったのか、機会があればぜひ参考に話をお聞きしたいです。
楠田:また別の観点ですが、健康経営のお話のなかで「こころとからだの健康」という言葉が出てきました。組織内に心理的安全性があるかどうかは大事になると思うのですが、管理職に対して20代の若手メンバーが声をあげられるカルチャーはあるのでしょうか。
立森:2020年にトップが変わったことを機に、自由闊達にコミュニケーションできる組織風土作りに力を入れてきました。言いたいことを発信できるカルチャーは徐々に生まれつつあるかな…というところで、戦略的にアプローチしている段階です。
楠田:カルチャーができていると、キャリア採用で入ってきた人も自由にものが言える雰囲気になりますよね。
プリンターやプロジェクター、時計やロボットなど、それぞれの事業で異なる技術を持った人同士が対話する機会が増えると、新たなイノベーションが生まれる可能性も大きくなります。外部のカルチャーを持った人とのコミュニケーションで、うまく連携が引き出されるといいですね。
立森:その観点では、物理的なローテーションの加速もありますし、事業を超えた対話の場も設けています。
楠田:ジョブ型の採用や配置というのは考えていないのでしょうか。
立森:ジョブ型をどう定義するかによりますが、管理職は付与する役割でグレードが決まる役割評価を取り入れています。
楠田:ジョブ型を導入しているとも言えるのですね。
一つ、提案としてお伝えしたいのですが、管理職は試験で決めるのではなく手挙げ式を導入してはいかがでしょう。管理職は年齢で定めるものではなく、やりたい人がチャレンジできるほうが個人にとっても組織にとってもよいのでは。
セイコーエプソンさんは役職定年を56歳と定めていらっしゃるので、これが年功序列の根源になっているのでは?ここをどう変えていくかも、今後の課題ではないかなと思いました。
立森:そうした課題認識はあります。
管理職の手挙げ式導入に向けては、同時進行で、管理職になった後をしっかり支える制度の充足と、やってみたけれどできなかった(合わなかった)場合にポジションを変更して改めて教育し、新たな挑戦の機会がある、という選択肢を準備しておくことも重要になります。
若手のなかでもできる人材はいると思うので、機会を提供する必要性があることは理解しています。
楠田:いいですね。次の5年でのチャレンジとして、今からできることを逆算していけば、組織はまた大きく変化していくと思います。
Q&A
セミナー終盤には視聴者からの質問に答えていただきました。
配置転換に重きをおいたローテーションだとまさにおっしゃる通りですが、当社では管理職と対象者がキャリア面談等を行ったうえで育成計画を考え、計画的なローテーションを実施しています。また、例えば開発系職種にいながら違う発想で仕事してみたいという人がいたら、自由にチャレンジできる機会や環境を作るべきではなどの観点で社内公募の仕組みを改定しました。変化への適応力を作っていくために、計画的なもの、手挙げ式のローテーションを進め、本人のキャリアにとってネガティブにならないようにケアしています。
スカウト型を導入する前は、紹介を待つ受け身の採用でした。それではハイクラス人材の獲得はなかなか実現できません。スカウト型は、求めるスキルや事業領域を明確に描いて、活用できるメリットは多いと感じています。
ただ、長野県勤務というエリア特性は、私たちの強みや特徴とお話ししたものの、採用で苦戦することは多いです。今後は、全国どこにいても働けるような体制を本格的に考えていきたいと思っています。

セイコーエプソンさんは、長野県諏訪市発のグローバル企業として、今後BtoB領域でさらなる安定供給と成長を続けていくのだろうと感じました。
人事にとって大事なのは「ブームに乗らない」ことです。人間の成長の可能性はブームにはありません。セイコーエプソンさんは、社員の成長に向き合い、一過性の流れではないところで人事戦略を考えているなと感じました。皆さんも、人事としてのご自身のキャリアに照らし合わせながら、セイコーエプソンさんの施策事例を参考になさってほしいなと思います。

本日はありがとうございました。皆さんにとって何かしらの発見や気づきになれたら、大変うれしく思います。
対面で皆さんの目を見ながらお話しできたらよかったなと感じましたので、もし今後機会がありましたら、お会いして意見交換もしていきたいと思っています。
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