特定の行動に対する自信を示す「自己効力感」。行動変容につながる概念として、経営学でも注目されています。そもそも、自己効力感とは何か。そしていかに高められるものなのか。株式会社ビジネスリサーチラボ代表取締役・伊達洋駆さんに伺いました。

伊達 洋駆(だて・ようく)氏
株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
ビジネスリサーチラボでは、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『オンライン採用 新時代と自社にフィットした人材の求め方』(日本能率協会マネジメントセンター)や『人材マネジメント用語図鑑』(共著、ソシム)など。
自己効力感とは

自己効力感は、簡単にいうと「自分がある行動について、うまく遂行できると思っている」ことを指します。仕事や勉強だけでなく、趣味や人間関係など、何かしらの行動に対して「自分ならうまくやれる」と自信を持てている状態が「自己効力感が高い」状態です。
自己効力感は「行動変容を促す概念」として、20世紀を代表する心理学者、アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)氏によって提唱されました。経営学においても時折言及される概念です。
自己効力感が高いほど、言い換えると「自分ならうまくやれる」という自信があるほど、実際にその行動をとる傾向は強まります。
例えば、「私は人前でうまく話せる」と思う人は、自信があるので率先して人前で話します。行動を重ねるほど経験が積まれ、よりうまくできるようになる。いいサイクルが生まれて、人前で話す能力が一層高まるのです。
自分に言い聞かせているだけでは、自己効力感は高くないのかもしれません。例えば、ダイエットに向けて「毎日30分歩くのであればやれそうだ」と思えると、自己効力感が高い状態であり、行動にもつながるでしょう。
仕事の文脈でも、「もうこんな会社辞めたい!」と言っている一方で、実際に転職活動はしていない人の行動も、自己効力感を用いれば説明できるかもしれません。「今の会社を辞めたい」と感じていても、「転職活動をうまく進められる」という自己効力感は別物だということです。

「自尊感情(自尊心)」「自己肯定感」との違いとは
「自尊感情(自尊心)」は「自分自身に関する肯定的な評価」を指します。ポジティブな自己評価をしている人ほど、自尊感情が高いということです。なお、自尊感情のなかには、他者と比べた際の自己評価も含まれています。
「自己肯定感」は、自尊感情の一部です。自己肯定感も同じく「自分を好ましく思うこと」ですが、例えば、他者との比較は含まれていません。
これらに対し、今回のテーマである「自己効力感」は、「特定の行動に対する自信」を指しています。
自己効力感と自尊感情は別物です。
自己効力感を提唱したバンデューラの挙げた例を紹介しましょう。「ダンスをうまく踊る自信がない」研究者がいたとします。これは「ダンス」に対する自己効力感が低い状態です。
しかし、だからといって、この研究者の「自尊感情が低い」とは考えにくい。ダンスができなくてもまあいいか、となるでしょう。その意味で自己評価はネガティブにはなりません。自尊感情が自己効力感とは別物であることを示す例ですね。
- 自尊感情:自分自身に対する全体的な評価
- 自己効力感:ある特定の行動をうまくとる自信
自己効力感の種類と測り方

測定方法の話に入る前に、自己効力感は2つに大別できることを説明しましょう。
自己効力感には、大きく分けて「特性的自己効力感」と「課題固有の自己効力感」があります。
簡単にいうと
- 特性的自己効力感=さまざまな行動に対する自信を持っていること
- 課題固有の自己効力感=特定の行動に対する自信を持っていること
を指します。
「特性的自己効力感」が高い人は、さまざまな行動に対し、「自分はうまくやれる」という自信を持っています。経験したことのないことでも、できそうと思えるのです。特性的自己効力感は、過酷な状況に追い込まれたり、深刻な失敗を経験したりしても、簡単には揺るぎません。
特性的自己効力感は、生まれつきの資質に加えて、長い時間かけて少しずつ形成されたものであり、すぐには変容しません。そして、この特性的自己効力感の高さを測るための質問項目が「一般性セルフ・エフィカシー尺度」です。
そしてもう一つの「課題固有の自己効力感」には、仕事における行動への自信を意味する「職業的自己効力感」や、クリエーティブな行動をうまくとれると考える「創造的自己効力感」など、対象とする行動によってさまざまな種類があります。
課題固有の自己効力感の高さは、ある意味で、行動から推察することができます。自発的に行動している人は、その分野の自己効力感が高く、行動に移していない人は自己効力感が低いと考えられるからです。
課題固有の自己効力感の高さを知るためには、このように行動の状態を観察するか、それぞれの行動に応じた自己効力感の尺度を開発していくといいでしょう。
※一般性セルフ・エフィカシー尺度
一般性セルフ・エフィカシー尺度(General Self-Efficacy Scale:GSES)は、例えば、1986年に坂野雄二氏と東條光彦氏によって開発された、一般的自己効力感の程度を測定するための尺度。
「行動の積極性」「失敗に対する不安」「能力の社会的位置づけ」という3つのカテゴリーに関して全16種の質問をする測定法。

自己効力感を高めるメリット・デメリット
自己効力感が高いとは、ある行動をうまくとる自信を持っているということ。自信があれば行動をとりやすくなり、いい結果も生まれやすくなります。
例えば、数学に対する自己効力感が高いと、「自分は数学の問題をうまく解ける」という自信があるので、おのずと数学を勉強するでしょう。その結果、数学が得意になります。
また、キャリア選択自己効力感が高い人は「自分は仕事選びをうまく進められる」と思っているので、面接を積極的に受けるようになります。面接で効果的に振る舞えるようになり、内定をもらいやすくなります。
さらに、職業的自己効力感が高いと、「自分はその業務をうまく遂行できる」という自信があるので、実際に試行します。それがスキル獲得につながり、高いパフォーマンスをもたらすのです。
このように自己効力感は、人が行動変容をするうえで重要なカギとなります。

デメリットは、自分の能力に対する過信につながることです。そうなると、リスクを軽視する傾向が表れます。
例えば、登山家を対象にした研究では、登山に対する自己効力感が高いほど、危険なコースに行こうとすることが分かりました。「自分ならうまくやれる」と過信し、リスキーな選択をしてしまうのです。
企業の文脈でも、自己効力感が高いと、革新的なことに挑戦しようとする一方で、安全性を重視した行動が減ってしまいます。挑戦は良いことですが、大きなリスクを抱えることにもなります。
その他、仕事への自己効力感が高すぎると、仕事に没頭するあまりワーカホリックになったり、ワーク・ファミリー・コンフリクト(家庭と仕事の葛藤)が生まれたりすることも指摘されています。

自己効力感を高める方法
自己効力感を高めるアプローチ方法は、バンデューラにより次の4つが提唱されています。
- 遂行行動の達成
- 代理的経験
- 言語的説得
- 情動喚起
それぞれの具体的な内容を、「上司が部下に『プレゼンテーション力を上げてほしい』と思っている状況」を想定して、説明しましょう。
遂行行動の達成―成功体験を得る
遂行行動の達成とは「成功体験を得る」ことです。
プレゼンテーション(以下、プレゼン)に不安のある部下の行動変容を促したい―。そのためには、チームの朝会など小さな発表の場を提供し、プレゼンに似た仕事の機会を増やすことが効果的です。
人前で話す経験を重ねることで、「自分にもできる」「これならまた次もできるかもしれない」と思うようになり、プレゼンへの自信が高まっていきます。いきなり大舞台に立たせるのではなく、小さな成功体験をさせることが自己効力感の向上をもたらします。
代理的経験―他の人が取り組む姿を見る
代理的経験は「他の人が取り組む姿を見る」ことです。
例えば、「部下にとって年の近い先輩がプレゼンをしている様子を見せる」ことが挙げられます。「あの人ができているのなら、自分もできるかも!」との自信が芽生え、自己効力感が高まります。
言語的説得―他の人から励ましてもらう
言語的説得は「他の人から励ましてもらう」ことです。プレゼン本番を前に不安な部下に対して、「あれだけ準備したんだから大丈夫だよ!」「自分も始まる直前は緊張したけど、実際に始まればなんてことないよ!」といった、自信を与える励ましのアプローチです。
情動喚起―感情に働きかける
情動喚起は「感情に働きかける」ことです。自信を持てない部下に対し、「プレゼンしている場面を想像してみて。そこまで緊張しないでしょう?」と声をかけるなど、状況を本人にイメージさせたうえで、ポジティブな感情が生まれるように働きかけていくアプローチです。
自己効力感を高め、行動変容を促すためには、実際に試してみることに勝る方法はありません。その意味で、「小さな行動でもいいからまずやってみる」という「遂行行動の達成」がより本質的な方法だといえるでしょう。
採用活動における、自己効力感の高め方・見極め方
実際に業務をしていただくのが、最もわかりやすいでしょう。インターンシップやワークサンプル(※)などで仕事を経験してもらうと、「この仕事は自分にもできそう」「難しそう」などが見えてきます。
うまくできそうな人に、できそうだと気づいてもらうことが、少なくとも採用においては重要です(逆もまたしかりです)。
面接の会話だけでは、具体的な業務内容が実感として伝わらず、その仕事ができそうか判断できません。そのため、特性的自己効力感に依存してしまいます。要は、何に対しても自己効力感が高い人が目立ってしまうのです。これでは、課題固有の自己効力感が高い人を取りこぼしてしまいます。
そういった損失を防ぐためにも、インターンシップやアルバイトなどで実際の業務を経験してもらうことが重要になるのです。
※ワークサンプル
採用選考を受けている候補者に、採用された場合の職務に似た仕事を体験してもらうこと。Googleの採用プロセスで取り入れられていることでも有名。
参考:『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』第2章 人事のための統計学(1)|ダイヤモンド・オンライン

チームメンバーや部下の自己効力感を高めるうえで、意識すべきこととは
日々のコミュニケーションにおいて、自己効力感を高めるために意識すべきことがありましたら、教えてください。
ビジネスにおいては、「課題を解決すること」つまり「できていない点を明らかにすること」が重視されます。確かに、できていない点に注目するのは大事ではありますが、それ一辺倒では自己効力感は高まりにくい。
そこで、何ができているのかを再確認する時間も設けるようにしたいところです。そして、次の行動に向けて小さな成功体験やロールモデルを提供したり、励ましたりしましょう。自己効力感を高めることで、行動が増え、結果も出て、自信と実力がつく好循環を生み出せるでしょう。
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