日本最大級のポータルサイト「Yahoo! JAPAN」をはじめ、eコマース、フィンテックなど、常に時代の先を見据えた事業を展開しているヤフー株式会社。2018年2月には自社のビッグデータと企業や自治体などのデータを掛け合わせて分析し、そこから得られる知見をさまざまな事業に活用する「データフォレスト構想」を発表。企業や自治体、団体からの問い合わせは100を超えるなど、大きな注目を集めました。また、2018年10月からは、ソフトバンク株式会社との合弁会社を通じて、スマホ決済サービス「PayPay」の提供も開始しました。インターネットで社会を牽引してきたヤフーは、この先どんな未来を描いていくのでしょうか。株式会社ビズリーチの代表取締役社長である南壮一郎が、ヤフー株式会社代表取締役社長の川邊健太郎氏に話を伺いました。

取材対象者プロフィール川邊 健太郎氏
ヤフー株式会社 代表取締役社長
本記事は、株式会社ビズリーチの創業10年を記念して運営していたWebメディア「FUTURE of WORK」(2019年5月~2020年3月)に掲載された記事を転載したものです。所属・役職等は取材時点のものとなります。
フレキシブルな環境は、新規事業を生み出すスピードを速める

─この10年を振り返って、御社にとって特に影響の大きかった社会の変化は何ですか。
川邊氏(以下、川邊):2つあります。1つ目は、インターネットが社会に広く浸透したこと。2つ目は、日本全体が「働き方改革」に真剣に取り組み始めたことです。この社会の変化に合わせ、当社でもワークスタイル変革を推進してきました。例えば、自由に席を決められるフリーアドレス制の導入や、「どこでもオフィス」というテレワークの月の利用上限の拡大、育児・介護・看護を行う従業員を対象に週4日勤務(週休3日)を取り入れるなど、社員がフレキシブルに働けるように制度を整えてきました。
南:メディアでもよく拝見していますが、御社は「働き方改革」に向けたさまざまな取り組みを積極的に展開されていますよね。経営的な観点において、例えば、フリーアドレス制を導入して実際にどんな効果がありましたか。
川邊:1つあげるとするならば、新規プロジェクトを立ち上げるスピードが速くなりましたね。社員の固定席を設けていた頃は、会議を開くために、まず会議室を予約するなどの時間がかかり、非効率でした。現在はそれぞれのプロジェクトに必要なメンバーが近くに集まり仕事をしているので、みんなで話し合う必要があればすぐに集まって議論ができます。新規プロジェクトの立ち上げ時など、目線合わせが頻繁に必要なフェーズでは特に有効です。
南:新規事業やプロジェクトは、特にスピードと効率で成否が分かれますから、効果が大きそうですね。ちなみに、テレワークの利用上限を拡大したことについては、いかがですか。
川邊:時間や場所が自由になったので、社員が柔軟に働けるようになりました。当社は創業から23年がたち、育児や親の介護をする世代の社員も増えています。その結果、就業時間や勤務時間を自由に決めたいというニーズも増加し、これに応えました。オフィス環境・人事制度のフレキシビリティーを上げたことで、優秀な社員の離職を防げたり、他社から優秀な人材が入社してくれたりと、良い効果が生まれています。
南:事業内容や成長フェーズ、また職種によって、組織と個人の生産性向上の手法は変わりますが、御社であれば、日系大手企業のモデルケースのひとつとなりそうですね。また、御社が「働き方改革」に対して積極的に取り組むようになったのは、川邊さん個人の経験から必要性を感じたからでしょうか。
川邊:そういった点もありますが、時代の変化が一番大きなきっかけです。特に若い世代ほど、ワークスタイルの価値観の変化に強く影響を受けています。その結果、「古い価値観に縛られた働き方しかできない会社なんて入りたくない」という人も増えました。そのようななか、若くて優秀な人材にも「ヤフーに入社したい」と思ってもらうために、当社も変わっていく必要があると考え、ワークスタイル改革に取り組んできました。
また、中・長期的な視点で見た時に、イノベーションを生み出すための環境を整備しなければいけないという思いもありました。組織文化の面では、1万人以上の会社とは思えないほど、社内の風通しはよく、組織もフラットです。これに加えて、既にあるものを組み合わせて新しいものをつくる、つまりイノベーションを生み出すために、オフィス内で「情報の交差点」が生まれる環境が必要だと考えたんです。だから、社員同士のコミュニケーションを促す机をジグザグに並べたフリーアドレス制や、社内と社外の接点を増やすコワーキングスペース「LODGE」を導入しました。ちなみに、南さんから見て、当社はどのような会社に見えていますか。
南:まずは同じテックカンパニーとして、勝手ながら、時代を牽引し続ける「憧れの先輩企業」として見ています。また、1万人の組織へと成長する過程において、数多くの課題や問題に直面しつつも、特にこの10年間、変わり続ける姿を間近で見ながら、「企業が次のステージに進むには、常に変わり続けなければいけない」ということを社外から勉強させてもらいました。さらにありがたいことに、その激動と変化のなかを戦い抜いてきた川邊さんから、幾度となくビズリーチへの経営のアドバイスをいただき、すぐ社内で実践したところ、組織運営に大きな効果をもたらしたことが何度もありました。
川邊:そういえば、「ヤフーも導入している『1on1ミーティング』を導入したほうが良いよ」と南さんに何年か前にお勧めしましたね。当社で積極的に推進して、個人的にも手ごたえを感じていた「1on1ミーティング」を通じて、社員の主体性を引き出すことの重要性をアドバイスしたところ、すぐビズリーチでも始められていてビックリしました(笑)。
南:はい、川邊さんの熱い助言をいただき、すぐさま「1on1ミーティング」の制度作りに入りました。当社の「1on1ミーティング」の現在の社内実施率は95%で、コミュニケーションの根幹を担うまでに浸透しました。まだまだ改善しなくてはならない点は多々あります。しかし、評価面談を待たずとも、定期的に上司とともに、自分のキャリアや今後必要なスキルや経験など、業務以外のことを考える機会を得られたことは、社員にとってのみならず、会社や上司にとっても、成長につながっていると思います。
川邊:そこまでやり切ったのは素晴らしいですね。これからの時代、会社と社員の関係性はさらに大きく変化していくので、「1on1ミーティング」の重要性は増していくと感じています。また少し興味があるのですが、南さんは、他にヤフーの経営や組織運営を参考にしてきたことは何かありますか。
南:もっとも衝撃を受け、ビズリーチの経営に影響を与えたのが、数年前に、御社のマネジメントチームの顔ぶれが一気に変わったことでした。経営の中枢を若いチームへとバトンタッチをしていく姿に深く感銘を受け、当社も、御社のように変わり続ける会社を目指すため、数年前に、自分を含めた創業期からの取締役3名を、既存事業の経営から、新規事業の立ち上げをするための別の組織へと異動させました。ビズリーチ事業をはじめとする既存のHRテック事業の経営は、30代前半のメンバーを中心とした新しい経営チームに移管し、われわれ創業からの取締役は、本社付近のビルに物理的にも移動しました。
川邊:南さんはさまざまな企業を分析して、良いところをどんどん社内に取り入れていますよね。本業に固執していると、その事業が不利な状況になった場合に変化するスピードが遅くなり、対抗できなくなります。ですので、本業に依存しすぎず、新規事業をいくつか立ち上げておく必要があります。その点、御社はよく対処されているなと感じます。
事実、パソコンで事業拡大してきた当社が本業であるパソコンにこだわった結果、スマートフォンへの対応が遅れてしまいました。現在はその反省を生かし、複数の新規事業を進めています。
また、経営者として「会社を大きくしたい」「世の中の役に立ちたい」と思うのであれば、その先に何があるのか、どんな世界になるのかを見たいという「強い好奇心」も必要です。その好奇心を、われわれヤフーのマネジメントチームは持ち合わせていると強く感じています。
オンラインから「オフライン」へ進出

─御社の今後の事業戦略をお聞かせください。
川邊:当社はこれまで、ポータルサイトの「Yahoo! JAPAN」をはじめとしたオンライン上のインターネットサービスで成長してきました。既存事業であるオンラインでも引き続き成長を加速させながらも、インターネットの技術を用いてオフライン、つまりリアル空間に進出していきたいと考えています。それが私の「強い好奇心」の先にあるもので、「オンラインでもオフラインでもヤフーは、利用者の生活を『!』(びっくり)するほど便利にする会社だ」と言われるようになりたいです。
そのオフラインの第1弾が2018年10月に開始したスマホ決済サービス「PayPay」です。スマホ決済サービスとしては後発ながら、より多くの利用者に日常的に使ってもらうために実施した「100億円あげちゃうキャンペーン」などを通じて、累計登録者数はサービス開始から7カ月で約700万人になりました。また、大手コンビニ、スーパーなど利用者に身近な店舗の拡大を進めた結果、累計加盟店舗数も、営業開始から7カ月で60万店舗を突破しています。そして、サービスの認知度も、サービス開始から3カ月でNo.1になり、その後もNo.1を維持し続けており、垂直立ち上げにも成功しています。PayPayはもう1つヤフーをつくる意気込みで取り組んでいきます。
次に、2018年2月に発表した「データフォレスト構想」です。これは企業や自治体が持つデータとヤフーのビッグデータを掛け合わせて分析し、その結果から得られた知見をさまざまな事業に活用するデータソリューションサービスです。
当社が蓄積してきたビッグデータを活用すれば、ほかの企業や自治体もどのようなサービスを創出できるかを検討したり、既に提供しているサービスをより良いものへと改善したりすることが可能です。企業や自治体のあらゆる事業活動を支援することで、便利なサービスを間接的に届けることができるようになります。
南:御社に蓄積されたビッグデータから、インサイトを生み出すという取り組みですね。この「データフォレスト構想」は、社員の生産性を上げるためのマネジメントにも活用できるのでしょうか。
川邊:もちろん活用するような世界観を作っていきたいと考えています。データを掛け合わせて新たなリアル空間の領域にチャレンジしていくことが、当社がこれからも「データドリブンカンパニー」(※)として突き進んでいく強い意志の表れだと考えています。
南:企業経営の「当たり前」を変えるような、素晴らしいチャレンジですね。日本では、今後労働力人口が激減し、人材活用の重要性がさらに増しています。一方で、人生100年時代と言われるなか、労働寿命は延び、キャリアのなかで転職することも、さらに一般的になっていくでしょう。このようななかで、企業が従業員のモチベーションや思いを正しく把握したうえで、「この会社で働き続けたい」と社員に選んでもらえるような魅力を提示・発信し続けることが重要になってきます。川邊さんがおっしゃるように、キャリアと幸福度の関連性をデータとして可視化することができたら、それは今後、経営者が評価されていくうえで、もっとも重要な「従業員満足度」の向上を目指すための非常に価値のあるデータになりますね。
ビズリーチは、社会にインパクトを与えられるような、さまざまな業界や職種の「ビジョン」を支えられるプラットフォームを、新しい時代の技術で表現したいと思っています。未来に向けた働き方を支えていくこともそのひとつです。働き方は、個人によって全く違うものになり、主体性に沿って、もっと自由になっていくと思います。そのなかで、1社で働き続けるのもひとつの選択肢だと思いますし、異動や転職も含め環境を変えることもしかりです。自分の選択肢と可能性をきっちり知ったうえで、「自分で判断していく」世の中になっていくからこそ、データを活用する取り組みはますます重要になっていくでしょう。
川邊:今後は、「働くことを通して幸せになる」ために、人類は働く意義を見つめ直す必要が出てくるでしょう。例えば、企業が事業の改善策を考える時、これまでは優秀な社員が膨大なデータを分析して改善案の策を練っていました。しかし、これからは、人間がAIを活用することで、具体的な改善策はAIが考えるようになるでしょう。そんな時代が本格的に到来した時、「働くことを通して幸せになる」ために、働く意義を見つめ直せるプラットフォームになることを、御社には期待しています。
※データドリブン…人間には保有・可視化できないビッグデータを、精密で高速な機械学習で分析して、人間には導き出せない「気づき」をサービスや事業の改善に生かし続けること
変化し続ける社会では、変化しない方がリスクである

─未来に向けて成長できるチームをつくるには、何が重要でしょうか。
川邊:やはり、メンバーが共鳴できるテーマが必要です。当社が新体制になって「企業として進む方向性」を議論した結果、「オンラインでもオフラインでも、ユーザーが『!』するほど便利にする」ことに注力すると決めました。このように、メンバーが共鳴できるテーマを持つことと、時代の変化を楽しむ組織文化、そして、それをかなえる優秀な仲間の確保が大切です。
南:優秀な仲間の採用は、変化を続ける社会で成長を続けるための経営の生命線だと思います。当社では、採用の重要性をみんなに理解してもらうため、全社員が集まる半期ごとの表彰式で、リファラル採用(リファーラル採用)などにもっとも貢献した社員を表彰する「ダイレクトリクルーター賞」を用意し、思いを行動に移しています。また、志を込めて発した「事業創りは仲間探し」という言葉も社内で定着し、最近では、3分の1以上の中途採用の入社者が、社員からの紹介経由での入社となりました。従業員が1,400名を超えても、みんなと一緒に創ってきたこの文化が継続できていることに誇りを持っていますし、何よりもみんなに感謝しています。
川邊:「社員自ら優秀な人材を採用する」という組織文化は成長を続けるうえで重要ですよね。当社も御社のように、さらに優秀な人材を引き込む文化を作っていきたいと考えています。南さんは10年後、どのような姿を目指しているのですか。
南:川邊さんをはじめ、さまざまな先輩経営者の皆様にアドバイスをいただきながら、当社は今年の4月に創業10周年を迎えました。その際に、改めて10年後、どのような会社になっていたいのかを自ら問うてみたところ、「今、想像すらできない会社になってみたい」というのが率直な回答でした。
川邊:私は15年ほど前から南さんとは知り合いですが、隔世の感があります。きっと10年後の南さんも、今とは全く違う姿になっているでしょうね。私は、企業を大きくしたいのであれば、「100年続くよりも、100回変わるほうが大事」だと考えています。長く続く会社を創りたいのであれば、ニッチだけど特定のターゲットにささるようなニーズのある事業をひたすら続けていけばいい。しかし、企業が長く続くことに加えて、より大きくしていきたいのであれば、社会に合わせて変化し続ける必要があると考えています。
南:ありがとうございます。「100年続く会社ではなく、100回変わる会社になる」という言葉は、当社が大切にしてきた価値観をよく表す言葉ですので、今後この言葉は社内で大事に使わせていただきます。また、この言葉を実現するためには、社会構造の変化から生まれる課題、そして技術革新が生み出す課題を捉えることが求められます。そして、そういった新たに生まれる社会の課題に向き合い、時代を彩る最先端の技術と優秀な仲間を集めた事業創りを通じて、その課題を解決し続けていくことが重要です。
10年前には市場になかったビジネスや技術が次々と生まれ、事業の短命化が進んでいます。これだけ世の中が急速に変化していく現代において、変化をしないでいるほうがリスクです。世の中の変化に応じて、新しい事業に挑戦したり領域を広げたりするには、常に学び続ける必要があります。そのために、ビジネスパーソンは主体的に自分へ投資するという概念を理解し、企業も社員が自身に投資する時間を尊重することが大切でしょう。
川邊:南さんが言う通り、世の中の相互作用で新しい課題は必ず出てきます。この10年、IT技術の進歩と経済のグローバル化で地球全体が市場になり、その結果、現在は常にどこかで変化が起きている社会になりました。このような社会では、変化していくほうがリスクは少なくて済むのです。その点を若い人たちはよく理解しています。
南:若さと好奇心は比例しますよね。そして好奇心こそが、どの時代も未来を創る源であります。今後、社会や企業が求める人材は、未知を受け入れて、ワクワクした気持ちで行動できる人材でしょう。川邊さんも、私も、何歳になってもお互いを刺激し合い、好奇心を共有し合いましょうね。
川邊:「とりあえず起業する」という若い人が、最近本当に増えました。われわれの時代には考えられなかったことです。また、ITの進化によって行動に対するレバレッジがものすごくかかり、そのまま世の中を大きく変える人材が現れるようになりました。
今は、このダイナミックに変化する時代に居合わせたことを楽しまないともったいないです。テクノロジーの進化は、「!」するほど便利な世界の創造に貢献しています。主体的に楽しもうという気持ちを持ったほうが何事もうまくいくし、うまくいかなかったとしても成長できるでしょう。

取材・文:大橋 博之
カメラマン:矢野 寿明
記事掲載:2019/7/17
採用成功のために読みたい12ページ

株式会社ビズリーチ創業者の南壮一郎が「月刊 人事マネジメント」に寄稿した「人材獲得競争の勝ち方」を1冊にまとめました。
母集団形成から入社後まで、各採用フローにおけるノウハウが凝縮されてます。